Mちゃんお手紙ありがとう。
電話したときお礼を言うのわすれてごめんなさいね。私の誕生日のこと自分では忘れかけたりするぐらいなのにMちゃんに聞かれてびっくりしています。 それと縫ってあげたスカート 季節はずれですぐにはけなくて残念ですね。
大阪では暑い日が続いていてたいへんですね。 身体は大事にして下さいね。あまり食欲がなくても なるべく食べるようにし 夏バテしないようにね。
七夕祭りはたいへんたのしいようでしたね。 こちらの風習では 1ヶ月おくれの7月7日ですので 8月にならないと七夕はないのです。 七夕には笹の枝に 短冊を付けて 縁側にかざって置きます。お盆に夏の果物やら 野菜を乗せてね。 一晩たつと 海に笹は流して 果物を皆で食べて終わりです。
こちらは星が降るように輝いています。 大阪の空には星は少なく 天の川も見えませんがこちらでは はっきり 天の川まで見えます。
Mちゃんのお兄ちゃんは今年来るようにいっています。 Mちゃんも お父さんお母さんと離れていても 寂しくないようになったら 遊びにきてください。 海は近くですので
泳いだり 海岸べりで貝拾いしたりして 1時間2時間たつのは早いです。 こちらに来るのが少し遠いのが 少したいへんですが。 考えてみたら Mちゃんも11才になって「もう」なんていってるけど 私から見ると なんと若い。 これからだよ と思うところです。
では楽しい夏休みの様子を 又しらせて下さいね。 大阪に行った時には 又遊びに行きます。 その時はよろしく。
かわゆい服のデザインがあったら作ってあげますよ。
では頑張って下さい。
SよりMちゃんへ
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Sちゃん1985年、娘Mヘのおたよりありがとうございます。 娘は11才だったんですね。 もう30年近くたってるんですよね。
故郷に帰ったSちゃんに子供たちはこうして手紙を書いて、おねだりもして、したっていましたね。 Sちゃんはわが家のことをよく知ってて 子供のことが好きでした。
息子のYが そちらに遊びに行かせてもらった頃ですね。 その話は前にしましたね。
こうして振り返ってみると Sちゃんは子供たちにとって ほんとうにいいおばさんでしたね。 私だって子育ての時期に うれしい応援団のSちゃんでした。 5人の子育ては へたくそで いつも疲れていましたが Sちゃんをはじめいろんな人に助けられていたんですね。 ありがとうございました。 Sちゃんは子供をもつことはなかったけれども 妹さんたちの子供やうちの子、友達の子供と いろんな子供にかこまれて いましたね。 子供を持つと私なんか自分の子供のことだけで はーはーで うんざりしたり 余裕のないことでした。 Sちゃんは 近かったら 子供たちや私がかけこむところになっていたかも。 なんでも話を聞いてくれて お茶いれてくれたりしてね。
Mは11才で「もう(若くない)」と言ってたんですね。 「上にはうえがありますよ」って言ってやりたいですね(笑)
私たちはSちゃんに服やスカートやブローチなどよく作ってもらいましたよね。いっしょに展示会やろうなんてこともありました。 なにをつくらせてもプロで わたしはフロ(笑い)お互いにあの情熱があったら おもしろいのにね。 アクセサリー展、大阪の丸ビルでやったときSちゃんが作ったブローチだけ盗まれたんだよね。 ごめんね。でもいっぱいの私のアクセサリーはドロボーさん、どうだったのよ。本当に見る目があるというのか、アートがわからいというのか。 私のアクセサリーはとても胸にかざることはできない 現代アートでした(笑) みなさん、いまだあきらめきれない私がこういうことをやっている理由の一つがおわかりいただけたでしょうか、なんてね。
七夕さんのお話もMは書いたんですね。 大阪時代、私たちが住んだ交野市というところは「機物神社」だとか「星田」という地名があるくらいで、七夕さんとは縁がありそうでした。 Sちゃんのところは一晩たつと笹を海に流すんですね。さすが海辺の町ですね。
こどもたちが小学校にいっている頃は、豆まきの鬼のお面をつくってきたり、七夕さんをやったりしましたが、いまはおひなさんを出すくらいかな。
あの頃Mのこともさそってくれてありがとう。貝が砂浜にあるというだけでも、やっぱりいいなあ。「漂流物のある砂浜」あれはどこの砂浜だったのかなあ。海はつながってるんですね。
いろんな話きかせてね。おたよりまってます!