1981年のSちゃんの手紙です。
久しぶりです。皆様いかが。私は陽気にうかれて近頃は出歩いています。
その前は 船の上から波を見ていたり 室の中でぼんやりしながら外を見ていたり 角を曲がって ふいに目の前に 昔のままの木の橋がかかって 川面に映っていたりして ふっと自分に帰って 今まで 時間も動きも止まっていた様な 気がして。 何とも とりとめがなく これという焦点が合わず 考えることが おっくうになっていました。
五月には三連休が有って 待ちに待って楽しみにして。 三日は大雨で 家の中で 服作りに夢中になり 四日は友達と友達の子供二人と 五本松公園のつつじを見に それから灯台に行って。 その上の子供と昔の道を通って海辺に出て 昔取ったなんとかで さっそく海に入って わかめを取って 晩のおかずになるくらいでした。 それで一日終わりかけ 夜は二時頃までカラオケで頑張って あくる日五日は 大根島へ ぼたんの花見をかねてサイクリング。 十人ほどの団体を組んで 自転車の後には 子供を一人乗せて エッチラオッチラ。 ぼたんの花は花盛りの満開で 山の上から見たら 牡丹園がいたるところにあって 色さまざまで ぼたんの中で記念写真。 疲れて帰ってきました。 今は車の洪れでたいへんです。
また仕事ばかりにせいを出さないように あれやこれやに手を出しまくっています。
レース編み 服を作る また絵の具など買って来て 絵まで描く気。 手をできるだけ広げまくっています。 近頃は本も読まなくなったみたい。 部屋の模様替えしようと思っていますが。 というわけで室は寝る為に有るようなもの 一日中バタバタしています。
寝室にしている所はのぞきもせずです。
あなたの連休はいかが。 この前の手紙では田舎に帰ってのんびりとしてるとおもっていたのですが。 人のことって よく みえるものなのですね。 良い所 悪い所は、自分自身で選っていかないと いけないものだなあと。 価値観は自分で決めるもの。 人は人かなあ。 親子とは どこでも同じ様な事を感じるものですね。
A子姫は大きくなって増々可愛いでしょう。 花の頃に子供が遊んでる風景がいちばん好きです。 M子さんはどうしていますか。彼女の誕生日はいつかしらね。
飛びまくってる手紙。 どこかに飛んでしまいそうです。 又陽気にうかれて 便りします。 では皆様によろしく
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Sちゃんなつかしいおたよりありがとうございます。
タイムマシーンに乗ってね。 Sちゃんは大阪から突然のように故郷に帰って、一時はとまどっていましたよね。 そんなことではいけないと、切り替えようと思ったんでしょうか。 でも、とまどってるときのSちゃんの手紙も なんていうかよかった。 人のつらいことなどは 実は 胸が締め付けられるようではあっても、美しいものじゃないかと 今となっては思います。共感っていうのも。 悲しかった事は水のそこの沈殿物のよう。たまに浮いてきます。にがい思いでなどと、われわれは名付けていやがりますが、神様がいるとしたら ここんところを 観察したがってるんじゃないかなと考えたりする私は やはり変ですか。
そのSちゃんがこんどは サイクリングしたりお花見に行ったり 友達やその子供たちと遊んだり。 けちらそうとしているのかしら。 三連休の忙しそうなこと!服作り、昔の海辺に出て 海に入って わかめを取る。子供に帰っているようですね。
あの頃の絵残ってる? 見てみたいくらい。 「人の事って よくみえるものなのですね 」どういうことでそう思ったのかしら。 田舎に帰ったわたしが母や兄弟のことで感じた事を手紙に書いていたのかも。夫や子供たちのことかもしれない。 手紙っておもしろいですね、受けたものはこうして残ったりするんだけど、送ったものは相手側に行ったまま。 手紙のやりとりはだから、時間がたつと何の事だったのか思い出せません。 でも想像してみたくなったりしてね。 「良い所 悪い所は、自分自身で選っていけないといけないものだなあ」とSちゃんは考えてる。 「価値観は自分で決めるもの。人は人かなあ」と。
大阪から帰って、長いこととまどった後、こういう気持ちになったとか。推理しているわたしですが。
おたよりまってます!