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『植草甚一コラージュ日記』の続きです。この日記は私のようにああ思うこう思う、なんてところが少ないですね。日記というの書く人によって様々だということなんでしょうが、植草さんの日記は具体的であったことが書いてあるので、想像する楽しみやいろんなことを知ることができます。 さて、この文面の後に長い文、今回は打ってみたいと思います。あいかわらず人差し指での労働ですが。

展示ルームは八階にあって、とてもうまく飾ってあった。「植草甚一ワンダーランド展」という立て看板が出ていたので恥かしくなる。そばのアクセサリー店に紫壇製のハンドメード指輪がたくさん並べたり箱に入れてあったりし、二千五百円は高いような安いような
気がしたが、デザインの面白いのが一つ見付かったのでかってから、ぼくの展示ルームに戻る。それから陶器部で陶器地図というスゴロクみたいのを二種類買った。百円ずつ。それからカンディンスキー展があるのに気がついて見に行く。晩年の作品にミロみたいな感じがする空中フュウ物体の油絵がいくつかあって、とても明るいので感心してしまい真似をしてやろうと思って、その絵ハガキを三枚買い、十一階の「フィガロ」でエスプレッソとケーキをたべた。おいしい。ついでにエスプレッソのつくりかたを訊いた。
それからまた展示ルームに引っ返すと、ショップ・マスターの安部正弘さんがコーヒーはと言うので、そうしようと思って一緒に喫茶ルームに入ると、すぐ部長の牧山圭男さんがやってきた。話は渋谷の西武のことからゲイ・バーの思い出話になり、昔そのバーが近くの横町にあって、ぼくが忘れたゲイ・ボーイの名前まで思い出させてくれたので、いい気持ちになって話し合っていると閉店のベルが鳴っている。外へでてから駅前の古本屋で三冊買い、経堂へ帰ったとき遠藤古本店をついでに覗いたらロナルド・サールの漫画がたくさんはいった珍しい本が千円であった。きょうの最後の掘り出し物。面白かった一日。

***
一月二十二日
五時起きだな。「鬼平」の残りを書いているとおしまいがうまくいった、偶然。よかったなあ。うまくいくのが一番!(あたりまえだから力むなって) さっそく大山堂へ行く。その気持ち伝わってきますよ植草さん。フレデリック・モットの「アメリカ文学の宝庫」二冊で千八百円。この人にとってこれは珍しいほど安いんだ。「自分にとっての掘り出し
物」この感覚を知ると、たまりませんねえ。 そうかわたしはこれのために、ゴミ拾いや、フリマ通いをしてたのかあ。(いいから)ウインダム・ルイスの初期の芸術論集、ふむ、芸術論か読みたかったなあ。植草さんちなみにその本は何語ですか?しかし本は重い、特に植草さんの本は重そうだからなあ。旅行用コロコロはどうなんです?かっこわるいのかなあ。そんなときにもコーヒーだ。イノダに続いてウエグサはどうでしょう。オール読み物の「世相あぶり出し」に植草さんが出てるって?どんなあぶりだしなんだろう。数ある原稿のなかで「鬼平」はのってますね。

一月二十三日
FW多いなあ。まあ、傘さしての古本めぐりはきつそうですもんねえ。 西武デパートのゲテモノ雑貨展示ルームオープン。 雑貨の本は今でも人気だけど、ニューヨークゲテモノ雑貨はおもしろそうだなあ。 平凡社さん、植草甚一シリーズの中にありますか? 「ジュノン」のカラー写真アクセサリーの原稿、これだっておもしろそう。 知らないことだらけだけどワクワクします。「植草甚一ワンダーランド展」か。 しかし簡単にはそこにはいらない。 アクセサリー店により指輪を買い、スゴロクみたいな陶器地図を買う。 カンディンスキー展ではこの画家の晩年の作品にミロみたいな感じがする空中浮遊物体の油絵(いい、いい、この空中浮遊物体という表現)。うちの息子がきたので、宇宙人といってやった。不満そうな顔をしたので空中浮遊物体というとよけいにいやそうだった。 しかしミロにしろカンディンスキーにしろ抽象画なんて呼び方しかできない自分がばかだった。 植草さんのように呼ぶと世界がふあーっと広がるのに。 たしかこのまえ軽井沢のセゾン近代美術館で堤清二のコレクションの中にミロとカンディンスキーの空中浮遊物体があった。 あれとむすびつけるとして、堤清二と植草さんは接点があったか。 植草さん、浮遊物体のまねしたかなあ。 西武の「フィガロ」十一階、今もありますか? 植草街道をうろうろする旅に出てみようかな。(田舎もんだから迷子になるよ)部長の牧山さんとはゲイ・バーの思い出話ですか。 きょうもうろうろしましたな。
《 2015.01.14 Wed  _  ちまたの芸術論 》