who am ?I

PAGE TOP

  • 01
  • 11

おたより

Sちゃんからの手紙の続きです。

それと帰って間もない時に空が鳴っているのにびっくりしました。 天気は良いのに「ワァンワァン」と云ってる様に聞こえるのです。何事なのかなと思っていると父が家に帰って来るなり「ああー 低気圧が通っちょる 通っちょる」と云っていたので 低気圧が通ると時にあんなんに なるのやなと思いつつ 生まれて育った所なのに ちょっとの事が別世界の様な辺な気持ちになります。 それから低気圧が通るたび その時の天候状態で 空が鳴ったり 海からのざわめきが聞こえたり 山が鳴ったり いろいろ違いがあります。
風の強い時は 自分が暗いドームの中に居る様な気分になり 不安が恐怖心に近い様になりなんとなく一人ぼっちになった様な気がします。 隣の室では 祖母が眠っているのに 一人で取り残された気持になります。 
部屋の事と気候の事と海の事だけでも 見るもの聞くもの 珍しい事だらけです。 不思議です。 こうも日本の気候 微妙に四季の移り変わるのが 今までは分かりませんでした。 何とはなしに 春になったなあ 夏になったなあ 位いでしたから。

***
Sちゃん1982年のおたよりなつかしく拝見しました。
こどもの頃って気候の変化は感じていても、それをあらためて考えてみるアンテナみたいなものがなかったのかしら。 遊びや学校の事やそのつどの関心事と直結しているだけというか。 わたしもSちゃんのように、何年かして再びふるさとにもどって生活していたら、発見する事があったのかもと思いましたよ。 わたしは帰省のたびに、一歩家の中に足をふみいれると「止まった時代」にやって来たような気がしたのをおぼえています。 都会での暮らしになれてしまっていて、親とすごすことに距離ができたのでしょうか。 そして何日かのことなのに不自由さを感じてしまっている自分がいたりして。 でもそこからまた出て行く時くときには、胸が締め付けられるようななつかしさというか、父母と別れる寂しさというか、それはいつもありました。 年老いた母と信州のわが家でいっしょに暮らすようになったとき、またきゅうくつになり、不自由になりしんどかったのですが、あるとき母が部屋のふすまを開けて顔をだした時、「あっ 故郷がいる!」とものすごくうれしくなったときが一瞬ありました。 あの故郷から都会にもどっていくときの寂しさがやっと解消されたとでも思ったんでしょうか。 それでも母とくらす日常はやはりしんどいのでした。   Sちゃんは故郷で低気圧や海の鳴る音、山の音を感じることに驚いていましたね。 風の強い時は暗いドームの中に居る様ような気分になり、不安が恐怖心に近いようになり、一人ぼっちになったような気がするといいましたね。 隣の部屋にはおばあさんが眠っているのに取り残された様な気分になると。 わたしも帰省したときの気持ちをそんなふうにあらわしたかったのかも。 こどものときは父や母のふところにいて、それが自然であたりまえだったんでしょうね。ここからはうまく言えませんね。 父母も今はなく、そんな故郷も遠くなるばかり。 でもふっとしたときにこどもになって故郷に立っていたり。そんなときは池の草さえそばに感じたりして、不思議です。

おたよりおまちしてます。


《 2015.01.11 Sun  _  ちまたの芸術論 》