『植草甚一コラージュ日記』の続きです。
この文面の前に数行あります。
一月十一日・日・いい天気だ。九時半に起きて、すぐどこへ行こうかと考えはじめる。新宿にしようと思いながら、きのう買った仏訳で「罪と罰」を読み出したとき、イメージがくっきり浮かび上がってくるので、うまい訳だなあと思う。
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朝起きると、すぐどこかへ行こうかと、か、もうたいした出癖。きのうドストエフスキー(あってますかあ)の本たしかに買いましたね。それが仏訳なんだって?それってどういうこと?たしかドストエフスキーはロシアの(ドイツだっけ?)作家ではないですか。それをフランス語に翻訳してあるってこと?それを読める植草さんってこと、イメージがくっきり浮かび上がって来るなんて。お近づきになれて幸せです(なにをごますってるんや)。 電車の中では「鬼平犯科帳」を読むんだ。これも出歩く楽しみなんだろうなあ。大東京美術ってところ今もあるんですか? 十二羅漢のいる香水入れ、普通は二万のところ一万で買う。 高い散歩だ。 最初は三百円のベエごまを手にとってたんだよ。するとそこの人はそのベエごまをおまけにくれる。よくあるよねこういうやりかた。植草さんは香水入れのうらに成化と書いてあって、歴史年表をめっくってみると成化は明朝で1465年から23年間であると。そうするとこの香水入れは500年前の物ということに。歴史に分け入る。いいなあ。私なら一万円のところでやめにするなあ。で植草さんはこの香水入れを本棚のすみっこあたりにおいて、そのうち忘れるとか。そうじゃないよね、この前読んだとき本を並べ直してたもの。あんがい断捨離なんだ(それはあんたとこの息子でしょ)。おまけのベエごまも子供の時の思い出といっしょにながめてるだろうな。 美術品でも、その歴史を調べたりして値打ちがわかると、また違って見えたりするものね。 おっ、歩行者天国という言葉が出て来るぞ。1976年か。わたしが東京で大学に行ってる頃が1968年〜1972年だから、そのころより後の話じゃありませんか。もっともっと昔の話だと思ってた。そうそう植草さんは私のお父ちゃんと同い年でしたね。お父ちゃんを「大昔人間」にしてしまうのはやめようぜ(笑い)、自分だってかなりの年かと改めて思い直すなんていやだけど本当の話。