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1ぺーじ

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『植草甚一コラージュ日記』の続きです。

この文面の次のページは書き写します。

おなかがすいているので机の上にあったオベントウをお茶をいれて食べる。机の引き出しの奥からウオーター・ストリートで買った五本セットのイタリック・セットが出て来たから、今度はこれを使ってみよう。日本字が上手く書けるかなと思ったら、うまくいく。
 お茶をたらした。インキがにじまない。ニューヨークで買ったとき万年筆へ入れても製図用なのでだめだった。ビギンズのウオーター・プルーフ・インクと箱に書いてある。日本で売っているかしらん。朝日の原稿を書こうと思って考えているうちに、七時になったらやっぱり眠くなってきた。少し眠ったほうがいいな。十二時に目がさめた。梅公が一階から持ってきた郵便物のなかに、白水社のウイーゼルの「コルヴィラーグの誓い」があったので、どんな調子のものかちょっと読んでみる。
 高平さんが着て用事がすんだので、池波正太郎の資料をカバンにいれて本郷の大山堂へ行くことにする。二時に出て三時についた。ドストエフスキー全集を買ったら二千円まけてくれた。ここには古い本がわりにあるので面白い。エルマー・ライスの「リヴィング・シアター」が五百円であった。少し先の本屋にも売れ残ったままのが本棚のしたのほうにあって、五冊で五百五十円だった。春日町に出て、そこの古本屋で二冊かったら重くなった。夕方から寒くなってくる。

***
一月八日
「目があく」ことと「目をさますこと」とは違うのかなあ。のっけから、ちょっとおかしなことがか書けるのも、この本を読んでるせいかもしれないな。(ひとのせいにしちゃあいけないよ) コーヒーを沸かしなおして、わたしも始めるかー植草散歩。
「太陽」の原稿気になっているのだな。イヤになって、どうなるんだろね。 「宝島」今もありますよねえ、面白いです。小泉さんおげんきですか?(知らないって)
一月九日
早起きになるとニューヨークのことを思い出す、いいねえ、思い出すのがニューヨークだもの。 四時に原稿は片付いてるはずだから、出かけると、予定を立てる。ニューヨークに出かけるわけじゃないよね、それともお風呂や? まっいいか、植草流だもの。 梅公はご主人の植草さんの散歩中、原稿を取りにくる人を待ってるんだ。いいコンビだね。
散歩にて、白鳥全集(どんな本なんだろう)巣津詩集(どんな詩集なんだろう)、計八冊、一万円(九千円にまけてもらったけど)。このころ古本全盛期だったのかしら。それとも今でも、こういうふうに古本に熱心な人たちがいるのかなあ。 本にうずまるようにその前でニヤッと笑う作家たちの写真ありますよね。 「大山堂」前にも出てきました。プレアッド版(どういう版なんやろなあ)ドストエフスキー(ずっとドフトエフスキーって言ってたなあ私)五冊、急にほしくなる植草さん、みをぎさんも本中毒だっていってたけど、この人も。あの長そうなドストエフスキー、読み切ることができるのでしょうか  オベントウにお茶をいれる、アルミのお弁当箱? この感じ、レンジなんてものがないころの話。 植草さんを読むと、なんかニューヨークやドストエフスキーや、原稿を取りにくるひとたち、そんな中の空気が自分のものになるような。
《 2015.01.07 Wed  _   》