文化学院は長野県にも痕跡を残したのですね。 西村伊作が創立者だったのです。 和歌山県新宮市の豪商?の息子なんですよ。新宮といったら熊野、熊のっていったら神仏集合のシンボルみたいな所ですし、後鳥羽上皇なんて30回も御幸してますよね。 もっとも上皇と言ってもまだ23歳ぐらいなんですよね。早くに天皇の座をおろされています。
この伊作=イサクなんです。聖書に出てくる人物です。 アブラハムには子供がいなかった、それで仕方なく妻ではない女性に子供を生ませる、すると妻が奇跡的に子供をうむんです。なぜ奇跡的かというと正妻はすごくお婆さんなわけ。アブラハムは先に生まれた子供を捨て、イサクを後継者にするんです。随分と理不尽ですよね。 でもこのイサクはキリスト教では重要人物らしいです。 ですから日本のクリスチャンの中でイサクって名前の人が結構いるんです。 イサクという名前は父親がつけたのでしょうね。だから親がクリスチャンのはずですよね。じぶんはクリスチャンではなかったみたいですよね。神仏習合の熊野信仰のお膝元でクリスチャンだなんて! だれも文句は言えない大金持ちだったのでしょうね。 新宮のあたりって弁慶が生まれたんでしたっけ? 伊作さんは私が文化学院に通っているころはまだご存命で部屋(教室?)の一つを自分の部屋にして寝起き、絵を描いていたみたいです。 時々、ドアを明けて廊下の方へ体を乗り出して何か言ってるのを見かけましたよ。 学院の掲示板に「チビた筆を持っている人はください」などと伝言みたいなのが貼ってありました。 この西村伊作を見た! という人は段々少なくなっていますね。 文化学院は与謝野晶子、鉄幹も先生だったんです。 私が通い始めたころはアテネフランセも文化学院に間借りしていたような気がします。 夫はアテネフランセに通っていたので、待ち伏せされちゃったんです。 それでわたしは裕福な?商人の家から貧乏のどん底の人と結婚するはめに。 みをぎ
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みをぎさん2014年のおたよりありがとうございます。 みをぎさんは若い頃、文化学院の日曜美術科に行かれたり、研究所でヌードデッサンもされたんですね。そういうところから美術に関心があり、後に現代画廊につながるんだ、なんかおもしろくなってきまし
たよ。軽井沢にも創立者伊作さんがつくられたギャラリーがありましたよね。数年前見に行きました。伊作さんはえらいハイカラなかたですね。にっぽんの古い体質にもめげず堂々と立つブーツをはいたかっこいい人。にっぽんは戦争でボロボロになりましたが、その前にはあんなにモダンな時代と人がいたのですね。ドイツでもそうですよね。 そのころみをぎさんは倒れてしまうほど絵に情熱を傾けたのですね。すごいな。 文化学院の舟越保武さんにも教わったんですね。この彫刻家は長崎に彫刻がありますよね。佐藤忠良さんの親友。テレビのドキュメンタリーで2人のことを見ました。 その舟越さんにみをぎさんは彫刻に向いてるっていわれたそうですね。 こんな貴重な話をいっぱいしてくださいね。
おたよりおまちしてます!