針金細工のおじさんは81歳です。片目が見えません。 針金で目を突いてしまい目医者に行ったら、その目医者が自分の前の患者のお婆さんに「あ、こりゃあダメだ、こりゃあダメだ」とひどい口のききようをしたので、自分の番でもないのに、診察室に飛び込み「年寄りに何てぇ口をききやがるんでぃ!」と言って、医者に喧嘩を売り自分はやせ我慢して診察を受けずに帰って来てしまったので、片目を失明してしまったのです。
中学校は芝中で、今では偏差値が高くて入れないですが、戦争末期でしたので、入る人なんていなかったのね。 暗黒舞踏の土方巽と仲良しで増上寺の境内で一緒に踊って遊んだそうです。 田舎に疎開してきたときについたあだ名が「ヤクザ」。 教室で同級生にサイコロ賭博を教えました。 あれって難しいらしいらしいですよ。「お控けえなすって」「手前、江戸の芝増上寺に縄張りを持ちやす門前の巽親分の身内、空っ風の正次郎てえいうケチな野郎でござんす。今宵一晩お世話になりたくまかりこしました。親分さんとご統一さんには、以後お見知りおきくだされ・・・?ごめんなすって!」とか言う昔のヤクザがやっていた博打です。 「丁か半か」ってやつです。 それで放課後みんなで教わりながらやっていたら先生に見つかってしまったそうです。 先生が警察を呼んで大事件になったそうです。 それでおじさんは3人だけを残してみんなを逃がしたそうです。 その3人はそのおじさんと今は印刷屋をしている人と経済学者。印刷屋は字がすごく上手いのでズル休みをする友だちの欠席届を書いてあげてアルバイト。 うちの夫は日比谷に映画を見に行くので度々書いてもらったらしいです。 貧乏な家の人だったので「あのアルバイトで随分助かったよ」と。 またね。 みをぎ
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みをぎさん2013年のおたよりとあいなりました、ありがとうございます。
針金細工のおじさんの話はほんとにおもしろいですね。 戦中戦後の時代をしっかり映し出していて。 「お控けえなすって」から始まる口上っていうんですか、おじさんはすらすらといえる。 学校でまわりの子に博打を教えるなんてやりますねえ。 面倒見がよくて、年寄りを大事にする、医者にどなりこむ、こんなおじさんは「今」をどう感じているのかなあ。 「よけいなこと言わんとこ」と逃げ腰の私には「ヒーロー」に見えるんだけど。 「なに弱気なこと言ってるんでぃ」と一喝されそうです。 父や母も「いらんこと」いってたよなあ。 じつは「いらんこと」じゃなかった。 「がまん」や「やせがまん」もする。 そんな効率の悪いこと避けて通るようになってしまった。 欠席届けのアルバイト、得意分野で稼ぐ子。 稼がせる子、やり手も受け手もいた。 そうですか、なんかハラのへる時代だったようですが、すきまがあって、なんとも。
おたよりおまちしてます!