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1ぺーじ

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『植草甚一コラージュ日記』 植草甚一著 平凡社です。
2003年発行。1908年東京うまれ。早稲田大学建築学科中退。当方勤務を経て評論、翻訳、執筆を行なう。映画音楽、ミステリーなど幅広い分野を対象とし、『植草甚一スクラップ・ブック』(全41巻、晶文社刊)をはじめとした多数の著作を刊行。1979年死去とあります。

「1月17日・土・ファイン・ウエザー・ゆうべ早寝したのに目がさめたら十時。どうしてこんなに寝たんだろう。この万年筆もだめだ。どうしてこんな細書きのやつを使かっていたんだろう。思い出せない」。ーーここまでが実際細書きだったりして。ファイン・ウエザー?どちらの作家だっけと思いきや「晴れ」という英語ではないか。この文章の入り口の気楽さ。驚いてしまう。
 わたしは「かかえているだけで、うれしくなる本」という位置づけをしてる本があります。 それが植草甚一と長新太です。 薄暗い松本のジャズのながれる喫茶店で、分厚い長新太の本を見たときは、もう、どうにかして盗んでかえりたいもんだともんもんとしたものです。
この手書きはやはりこうじゃないと、細字と太字のぺんの違いは出てこないし。 ああ!
『あふがにすたん・命の水を求めて』みたいにこのおじさんの本を読んだり書き写したりしてみようかなあ。でも数冊あるんだなあ、このおじさんのは。そして、わたしの文章もこのおじさんのようにおじさん化して、みんなをわくわくさせて、「ぼくらは植草おじさんがいないとだめなんだ」ぐらいなところにいってみたいな。「大山堂で1500円まけてくれた。そのとき英語の古本でよごれたのが、何かと思ったらロバート・ライオン・ヘルプスの現代小説論なのでよろこんだ。」ロバートがだれなのか全く知らないのだけど、こちらまでうれしくなる。14000円だもの、お得意さんなんだから1500円ぐらいと思うけど、このおじさんは無邪気に喜ぶのです。「コーヒーをのみながらパラパラやっていく」これ以上の幸せはありませんって感じ。「ペラ7枚」という表現、ペラ本を作ってるもんとしたら、これは見逃せませんよ。「新宿駅で買ったマンゴジャムわりあいいける」ジャムのことまで書いてしまうのかあ、このおじさんは。「9時になったらペラ9枚できたが眠くなったので、ちょっとばかり寝ることにしよう。そのほうがいい」いい、いい、糖尿病のこともあるでなあ。

《 2014.12.30 Tue  _  ちまたの芸術論 》