夜遅くなってごめんなさい。 庭の草むしりが大変なので昨年、レンガと洋瓦のチップを使って庭にいっぱいの細道を作りました。洗濯は夫の仕事なんですが、洗濯物の干場が霜でグチャグチャなんだそうです。それで工事(私がするので作業ぐらいかな)を始めました。風が強いのでまた明日。
最近韓国映画の『マラソン』というDVDを二男が持ってきましたので見ました。自閉症児の感動的物語でした。1日外出すると2日は寝たり起きたりになります。もうあきまへんで。何か東京では、反韓のデモがあったり、それに対して人権派が出て来たり、騒然としている場所があるみたいですよ。
憲子さんの絵はちゃんと見せてもらったことがないですよ。今度見せてくださいね。憲子さんも雪の日で(東京に行った。東京ではめずらしく雪がかなり降って交通が混乱した)大変だったので、もう着たくないでしょうね。
あ、洲之内さん(洲之内徹さんのこと)は終戦で一文無しになって松山に帰ったときに「お汁粉や」をしたのです。餅はぷうっと膨れてすぐにしぼむでしょう?そうするとお汁粉がたくさん入ってしまうからしぼまない餅の焼き方があるんですって。難しいけど表面は硬くて中はがらんどうの餅なんじゃないかしらね。そのころは食糧難でお汁粉もよく売れたと思いますよ。でも余裕が出てくると女性。そういう人なんですよ。それを死ぬまで我慢していた奥さんが偉いんです。
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みをぎさん去年の12月のおたよりありがとうございます。
この頃みをぎさんは冬うつの時期で、私との文通ですこし元気が出たそうですね。私の絵も見てもらって、ほめてもらって、そのことが私の自信につながって、2人とも手紙やメールで毎日のようにやりとりをしていましたね。私はこういうふうに話がしたかったんだ、と80近くのこの方とのやりとりで思いました。「見る側の文学性」なんて話も出たかなあ。芸術とかアートのことを話題にする時、「よかった」とか「よくなかった」とかぐらいで終わってしまいますと作家にとっては寂しいものです。ところがその作品を間に見る側の人の思い出を刺激したり、想像が膨らんだりするとしたら、見る側の人のすばらしいお話を聞かせてもらえることとなります。これは当人同士で芽生えてひろがるうれしいことなのではないでしょうか。有名になれば評論家がいろんなことを書いてくれますが、そうでない場合はそういうことはあまりありませんね。でもみをぎさんやぴーさんや露覇主さんやふあさんのような人との出会いがあると、こういうことが可能なのだと思いました。個展をしてもまたそういった話も聞けます。 みをぎさんは洲之内さんとかって現代画廊で交流がありましたが、私は洲之内さんの「気まぐれ美術館」という本のファンで、自分の絵を見てほしいと手紙を書いたこともあって(これは空振りもいいところでしたが)なんだかうれしいのです。 あれから1年がたとうとしているのですね。みをぎさんは冬眠中でしょうか。ヘルペスのほうはよくなったかしら。夫どっこいさまはあいかわらずお洗濯がんばっておられるのかな。お料理だって担当されているとか。フランス通で漢文にも詳しいという方です。80代のご夫婦です。
洲之内さんのお汁粉屋、戦後の闇市とか、そこで立ったまま食べている人たちのシーンを映画やテレビドラマで見ます。おいしそうにというよりむさぼり食っているというふうに見えますが、あれが戦後なのですね。洲之内さんのお汁粉だって、人が集まってきたと想像します。
ゆっくり元気になってくださいね。そしておたよりおまちしてます。