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1ぺーじ

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『アフガニスタン・命の水を求めて』の続きです。
水を求めて
ダラエヌール診療所の周りでも、廃村が拡がり、同渓谷下流地域は深刻な状態に陥った。これに加えて、診療所をはさんで反タリバン勢力とタリバン軍が対峙、一進一退の攻防が続いていた。ーーここからが1ぺーじの文面と写真です。そして次にこういう文に続きます。 

 7月下旬、私の求めで、国連団体の調査による「ニングラハル州の旱魃報告」がジア医師(PMS副院長)から送付されてきた。ダラエヌール渓谷だけが空白になっていたが、「甚だしい被害」とされた地区はソルフロッド郡など四郡、数十万家族に及ぶとされた。やはり診療所付近だけではなかったのだ。急遽予定を変更して、八月中旬、私はペシャワールからアフガニスタンに入った。右往左往する現地に対して今後の方針を決定するためである。東部の各地域を実見した後、八月二十日、ジャララバードに「PMS水計画ジャララバード事務所」と称する緊急対策本部を置き、ここに本格的な「井戸掘り事業」が開始されたのである。ーー

アフガニスタンの哲さんが診療所を開こうとしている地域などは旱魃と水不足だったんですね。 この影響はすぐに現れました。 まっさきに体力をうばわれた幼児たちでした。外来で待つあいだに母親の胸で死んでいく。 普通に生命を保つのが困難な事態、摂氏50度に迫る酷暑と乾いた熱風、すごいですね。 このように哲さんの「井戸掘り事業」は水を求めて、一刻を争うことだったのですね。



《 2014.11.26 Wed  _  ちまたの芸術論 》