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高木護

高木護という人は詩人です。20代のころ「詩とメルヘン」という本の中にこの人の名前をみつけました。内容は忘れましたが、とてもシンプルなわたしにはわかりやすい詩だったことをおぼえています。そのころ、わたしは詩を書くたびに、見てほしいと思っていました。詩とメルヘンに投稿すればいいようなもんでしたが、そこに出ている詩はうますぎて、もうちょっと練習してから投稿したかったのかもしれません。そこにわたしにもこういう詩ならかけそうな(実はこんな詩のほうがよほどうまくて、そう簡単に書けるもんではないと後になって気がつくのですが)、高木護という人の詩があったので、おもいきって、わたしの詩をみてくれませんか、という手紙を出したのです。そうしたら、返事がかえってきたのです。驚いて思わず後ずさりしてしまいました。こんなわたしでよければ、どうぞあなたの詩をみせてください、みたいなことが書いてありました。そこで高木さんとの文通が始まったのでした。そのころわたしは、親戚のおじさんなどに、写真を送って、いい人があれば紹介してくださいと言っていました。親もお見合いお見合いとわたしにせっついていましたが、わたしまでそんなことをするなんて、きっと、このままずっと結婚というものがわたしにはやってこないかもと、不安だったのでしょうね。高木さんはこんな返事をくださいました。こんな若い娘さんが、いちどこちらにいらっしゃい。と。わたしはさらに後ずさりしました。ここらへんで、わたしの高木さんとの文通は終わっています。結婚してからは、一回、自分の書いた本を送っています。その返事のなかで、この本のなかにある"暴力団のような"という比喩はよくありません、というところがありました。わたしはこの方がどういう顔をした人なのか想像もつきませんでした。ある新聞で、おおきな目で舌をだしている高木さんを見つけました。放浪の詩人として紹介してありました。この人の人生はとても大変なものでした。戦争からかえってきたものの、戦地でかかったマラリアの後遺症で、仕事もできないような状態でした。このままふらふら放浪して死のうと、あるとき、草はらで野宿をしていると、獣が近づいてくるのがわかったそうです。それで、死んだふりをしていると、獣は近づいてきてしばらくいましたが、しまいには自分に土をかけて立ち去ったというのです。そのとき、高木さんはその獣のやさしさに涙が出た、と言っていました。そのときの新聞に書いてありました。やがて、また時がたって、「爺さんになれたぞ」という高木さんのエッセイをみつけました。放浪の詩人が辿り着いた境地!とその本のオビにありました。冒頭からこんな風に始まりました。「70歳で、わたしは爺さんになった。60歳代に、ようやく辿り着いたころから、あちこちの老化が目立ちはじめたが、わたしみたいな能なしののろまは、とうてい人並みには"爺さん"にはなれまい、爺さんにはしてもらえないだろうと諦めていた。それなのに、六十歳代になったころから、出会う人たちがこぞって、"爺さん、爺さん"と、爺さんよびをしてくれ、わたしが爺さんであるのを認めてくれるようになったので、ひよっとしたら、わたしみたいなできのよくないクズ野郎でも、人並みに爺さんになれるかもしれないと、意を強くしたものだった。そして七十歳になった日に、「おぬしきょうから爺さんだよ」自分で、わたしにいってやった。"おめでとう"ありがたいではないか"ともいってやった。こんなわたしでも、人並みに爺さんになれたのか、"よかったな"と、ほっとしただけではなく、うれしかったのだった。お情けでかもしれなかったが、ようやく爺さんにしてもらったのだから、よし、これからは爺さんであることを大いにたのしもう。何年くらい爺さんをやらせてもらえるかはわからなかったが、爺さん精神を遺憾なく発揮させてもらおうと、心にきめたのだった。」今日はここまで。もう右人差し指一本、左人差し指一本で打ち込むのは肩がこるんでした。いずれまた、ごきげんよう。
《 2014.06.07 Sat  _  エッセー 》