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わすれてしまっていた

20年ほど前の話です。その年は母の死んだ年でもあります。Uさんから手紙をいただいています。Uさん夫婦は安曇野にスポーツカーに乗って、かっこよく来てくださいました。夫の父や私の母も元気でした。そのとき出した料理というのがふるってまして、おさらにいわしの小魚が2ひき、とほかになにかあったかなあ、でした。今思い出してもシンプルすぎて、こまってしまうのですが、大きなテーブルで、それかよ、だったのです。さて、話はかわりまして、画廊で個展をするというのでUさんに案内状を送った頃のUさんの手紙がふらっとあらわれたので、思い出したというわけです。「お目にかかれなくて残念でした。酷暑の大阪にはうんざりなさったでしょ?玄関には憲子さんの自画像、寝室には田植えの絵、応接間には倉の戸、子供たちの部屋には政博さんの絵がそれぞれ、」手紙のなかで一番思い出してよかったところを、書いているわたしですが、こんなにうれしいことでもすっかり忘れてしまうのが、年月なんですね。ありがとうございますUさん。わたしは、こんな人たちのことを思い浮かべながら、このホームページを続けてみようと思いますよ。あのころ大阪の淀屋橋にあるマサゴ画廊というところで、一年に一回個展をさせてもらっていたんです。その個展のために毎日のように、絵を描いたものでした。少しずつでした。1994年の手紙です。



《 2014.05.27 Tue  _  エッセー 》