こころ 先生と遺書 夏目漱石 つづき
とうとう ですね
「私」は歩きながら絶えず家の事を考えていました。わたしにはさっきの奥さんの記憶がありました。それからお嬢さんが家へ帰ってからの想像がありました。
私はつまりこの二つのもので歩かされていたようなものです。
私は長い散歩の間、ほとんどKの事を考えなかったのです。今その時の私を回雇して、なぜだと自分に聞いてみてもいっこうわかりません。ただ不思議に思うだけです。私の心がKを忘れうるくらい、一方に緊張していたとみればそれまでですが、私の良心がまたそれを許すべきはずはなかったのですから。
Kに対する私の良心が復活したのは、私が家の格子をあけて、玄関から座敷へ通る時、
すなわち例のごとく彼の部屋を抜けようとした瞬間でした。彼はいつものとおり机に向かって書見をしていました。彼はいつものとおり今帰ったのかとは言いませんでした。彼は『病気はもういいのか、医者へでも行ったのか』と聞きました。私はその刹那に、彼の前に手を突いてあやまりたくなったのです。しかも私の受けたその時の衝動はけっしてよわいものではなかったのです。もしKと私が曠野のまん中にでも立っていたならば、私は良心の命令に従って、その場で彼に謝罪したろうと思います。しかし奥には人がいます。私の自然はすぐそこで食い留められてしまったのです。そうして悲しいことに永久に復活しなかったのです。
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ここのシーンは すべて書き写したいと思いましたが
それぐらい こころというものが 伝わってきました
こういうこころを 自分だって持っているからでしょうか