「こころ」夏目漱石 先生と私 つづき
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私の友だちには卒業しないまえから、中学教師の口を捜してる人があった。私は腹の中で奥さんのいう事実を認めた。しかしこう言った。
「少し先生にかぶれたんでしょう」
「ろくなかぶれ方をしてくださらないのね」
先生は苦笑した。
「かぶれてもかまわないから、その代わりこのあいだ言ったとおり、お父さんの生きてるうちに、相当の財産を分けてもらっておおきなさい。それでないとけっして油断はならない」
私は先生といっしょに、郊外の植木屋の広い庭の奥で話した。あの躑躅の(つつじ)咲いている五月の初めを思い出した。あの時帰り道に、先生が興奮した語気で、私に物語った強い言葉を、再び耳の底でくり返した。それは強いばかりでなく、むしろすごい言葉であった。けれども事実を知らない私には同時に徹底しない言葉でもあった。
「奥さん、お宅の財産はよっぽどあるんですか」
「なんだってそんなことをお聞きになるの」
「先生に聞いても教えてくださらないから」
奥さんは笑いながら先生の顔を見た。
「教えてあげるほどないからでしょう」
「でもどのくらいあったら先生のようにしていられるか、家へ帰って一つ父に談判する時の参考にしますから聞かしてください」
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ここの先生と「私」と奥さんの会話は これはなかなかこんなふうには できませんよ
「でもどのぐらいあったら先生のようにしていられるか、家へ帰って一つ父に談判する
時の参考にしますから聞かしてください」