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こころ 夏目漱石

「こころ」夏目漱石 先生と私 つづき

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 「おめでとう」と言って、先生が私のために杯を上げてくれた。私はこの杯に対してはそれほどうれしい気を起こさなかった。むしろ私自身の心がこの言葉に反響するように、飛び立つうれしさをもっていなかったのが、一つの原因であった。けれども先生の言い方もけっして私のうれしさをそそるうきうきした調子を帯びていなかった。先生は笑って杯を上げた。私はその笑いのうちに、ちっとも意地の悪いアイロニーを認めなかった。同時にめでたいという真情も汲み取ることができなかった。先生の笑いは、「世間はこんな場合によくおめでとうと言いたがるものですね」と私に物語っていた。
 奥さんは私に「結構ね。さぞお父さんやお母さんはお喜びでしょう」と言ってくれた。私は突然病気の父の事を考えた。早くあの卒業証書を持って行って見せてやろうと思った。 
 「先生の卒業証書はどうしました」と私が聞いた。
 「どうしたかね。ーまだどこかにしまってあったかね」と先生が奥さんに聞いた。
 「ええ、たしかしまってあるはずですが」
 卒業証書の在処(ありどころ)は二人ともよく知らなかった。


先生の笑いは、「世間はこんな場合によくおめでとうといいたがるものですね」と私に物語っていた。

世間一般の話を この「こころ」では扱わなかったんじゃないかと このとき 私は気づいたのです。卒業証書でも 「私」は今親を喜ばせるものであるけれども 「先生」は昔の卒業証書をどこに置いたかさえも思い出せないでいる。
《 2019.04.19 Fri  _  読書の時間 》