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こころ 夏目漱石

「こころ」夏目漱石 つづき


 さいわいにして先生の予言は実現されずにすんだ。経験のない当時の私は、この予言のうちに含まれている明白な意義さえ了解しえなかった。私は依然として先生に会いに行った。そのうちいつのまにか先生の食卓で飯を食うようになった。自然の結果奥さんとも口をきかなければならないようになった。
 ふつうの人間として私は女に対して冷淡ではなかった。けれども年の若い私の今まで経過した境遇からいって、私はほとんど交際らしい交際を女に結んだことがなかった。それが原因かどうかは疑問だが、私の興味は往来で出会う知りもしない女に向かって多く働くだけであった。先生の奥さんにはそのまま玄関で会った時、美しいという印象を受けた。それから会うたびに同じ印象を受けないことはなかった。しかしそれ以外に私はこれといって特に奥さんついて語るべき何物ももたないような気がした。
 これは奥さんに特色がないというよりも、特色を示す機会が来なかったのだと解釈するほうが正当かも知れない。しかし私はいつでも先生に付属した一部分のような心持ちで奥さんに対していた。奥さんも自分の夫の所へ来る書生だからという好意で、私を遇していたらしい。だから中間に立つ先生を取りのけば、つまり二人はばらばらになっていた。それではじめて知り合いになったときの奥さんについては、ただ美しいというほかになんの感じも残っていない。
 ある時私は先生の家で酒を飲まされた。その時奥さんが出て来てそばで酌をしてくれた。先生はいつもより愉快そうに見えた。奥さんに「お前も一つおあがり」と言って、自分の飲み干した杯を差した。奥さんは「私は....」と辞退しかけたあと、迷惑そうにそれを受け取った。奥さんはきれいな眉を寄せて、私の半分ばかりついであげた杯を、唇の先へ持っていった。奥さんと先生のあいだに下(しも)のような会話が始まった。
 「珍しいこと。わたしに飲めとおっしゃったことはめったにないのにね」


ちょっと こんなところで おわるなんて おしいですよね
年末で ちょっとばかり 忙しいので 失礼します
美しい先生の奥さんの眉のかたちを想像しつつ
《 2018.12.29 Sat  _  読書の時間 》