「ヘンリ八世」
ウルジ はてどうしたのだ、クロムウエル?
クロム どうも、はや、物が申されません。
ウルジ え、わしの凶運におどろいたのか? おまえは権勢者が権をうしなうということを不思議に思うのか? 泣くのか 其の方は?いかにも、わしは零落しました。
クロム ご機嫌はいかがあらせます?
ウルジ 何ともない。クロムウエル、実際、わしは、きょうほど快く感じたことはなかった。はじめて自分が解った。全世界の官位栄爵にも代えがたい心の平和を覚えた。良心の静安を。王のおかげでおれの痼疾が治った。有りがたいことだ。わしのこの肩から、この朽ちた柱から、王は、わしを憐れんで、艦隊をも沈没させかねない重荷を、夥しい(夥しい)官職の積み重ねを取り除けてくれられた。おお、その大負担を、クロムウエルよ、天に往きたいと願う者にとっては重きに過ぎていた大負澹を!
クロム ご凶運をば、そういう風に、御善用遊ばしましたことを喜ばしく存じます。
ウルジ 善用した積もりだ。こう覚悟をした以上は、臆病な敵共がこのうえどういう災害をおれに加えようと試みようとも、たしかに忍耐し得ることと信じている.....なにか変わった噂を聞いたか?
クロム 最も不吉な、なげかわしい噂は、と申せば、殿が王のご不興を受けさせられたことでございます。
ウルジ ああ、ご安泰であらせられるよう!
クロム 次は、サートマス・モーアどのが、殿の代わりに大法官に任ぜられましたことでございます。
ウルジ そりゃ案外早急だが、ありゃ学者だ。どうか長く、ご信任を得て、誠実に、公正に司直の職責をつくすように!やがてその生を終え、祝福を得て永眠するに及んでは、だうか、其の遺骨を納める墓場には孤児共の感謝の涙のそそがれるように!....其の他には?
クロム クランマーどのが帰朝せられ、歓迎を受けられ、キャンタベリーの大監督に就職せられました。
ウルジ こりゃ実に珍聞だ。
クロム 最後に、かねて王が内々でお迎え遊ばされましたアン・ブリンの局が(つぼね)、本日、表立ってお妃として、排堂へご参入になりますのをお見受け申しました。で、世上の口舌はただもう右のご即位の噂で持ち切りでございます。
ウルジ おれを押し倒した重量はそこにあったのだ。おお、クロムウエル、王はおれを出しぬかれた。あの一婦人のために、おれはおれの栄誉を、ことごとくかつ永久になくしてしまったのだ。どんな新日が昇っても、もうおれは失くした官職を回復する見込みはない。おれの一びん一笑に喜憂いしていたあのきらびやかな貴族群をも引き寄せる力はない。クロムウエルおまえも立ち退くがいい。おれは惨めな零落者だ。おまえの主たり君たるに堪えない。王にお目にかかるがいい。どうか、あの太陽はいつまでも照臨(しょうりん)しておられるように!
おまえの忠実なことをわしはかねて王に話しておいたから、用いて下さるだろう。
幾らかわしのことを記憶しておられる以上...高邁な(こうまいな)方だ....おまえの役に立つことを知りながら、見捨てられはすまい。クロムエルよ、此の機会を取り外すようなことはせんで、行く末の安全を計るがいい。
クロム おお、御前、じゃ、お別れ申さねばなりませんか? かような結構な、立派な、ご真実なご主人をお見捨て申さねばなりませんか? 心が鉄でないお人たちは、みんな保証人になって下さい、クロムエルは涙に暮れて御主君にお別れします。あるいは王にお仕えもうすことともなりましょうが、しかし手前は、いつまでもあなた様の御安泰を神に祈りつづけます。
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ひゃー 歌舞伎の名場面のようですね。元王妃 スペインの血を引くキャサリンの侍女であった アン・ブーリンが ヘンリ八世の王妃になります。やはりいくらわたしのようなものでも おもしろくなってくると 書いてあることがわかるようになってくるから 不思議ですね。
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上の写真は この場面とはなんの関わりもありません おっと そうだ
この古いねじまわしは 父か母がずっと使っていたものです。
ねじというものは しめればしまる ゆるんでくるのを ただ見ておりますと
たとえば このようなねじ回しがそばになければ みるうちに ねじははずれ
なべのえは とれて そのなべはつかいものにならなくなってしまいます。
ウルジはこのアン・ブーリンという女のために 何もかも失ってしまったと嘆きます。
しかしこうなって わしは「になうもの」が軽くなった。天国への道は開けたとも なっとくしていますね。権勢とか名誉欲におぼれてしまうと 神の意にはそぐわないと。
しかしウルジの 「おしかった」という俗っぽい思いと なかなかの思いがないまぜになって いいですね。
ねじまわし やっぱり どうなんでしょう