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蓮以子 80歳

「蓮以子 80歳」北林谷栄 1993 新樹社

開頭手術からの生還

 彼女は本当に聖と付けるのにふさわしいような尼僧のような美しさの人だった。デボラ・カァに似ているな、というのが第一印象だった。
 初対面の午後からはじまったマッスル・トレーニングというのは、とてもイヤな労役だった。まだベッドの上に起きあがってもくずれてしまう衰弱した躰を立てて、長い廊下を歩く練習をしなければならない。するとヨロヨロの私の躰は赤垣源蔵が時化の甲板を渡り歩くようになってすぐ腰を抜かしてしまう。そのだらしのなさが情なかった。
 おまけにこの病院のキマリとして患者に着せる室内着は背中から裾までズーッとたてに切ってあって背面はパカパカにおっぴらいている。理由は不明だ。
 マッスル・トレーニングを身に廊下についてきてくれた息子が「おっかぁ、その人にたのんで、安全ピンでとめて貰いなさいよ」と言う始末だ。
 日本流に "安全なピン" と言ってもジュディには通じない。縫ってくれ、と言っても「ノウ」が返ってくるだけだ。こうなると、尻というコトバがどうしても思い出せない。
あとでわかったのだが、ナァンノコト。例のヒップでいいのだ。ただしヒップスと複数にしなければ通じないのだ。そりゃぁそうでしょう。両側に一つずつあるのだから複数は当然のわけ。所有格までつけて、私のヒップスがと言わないとなんとかわかってもらえないのだから他人さまの国は面倒くさいものだ。

***

アメリカの病院着はどうしてああなんでしょうね。可笑しくて笑ってしまいました。
「背中から裾までがズーッとたてに切ってあって背面はパカパカにおっぴらいている。理由は不明だ」

お尻のことを「ヒップス」と複数形を使うのは 理屈にはあっていますが これでも笑ってしまうのはどうしてかな。

私の外国体験でいいますと イギリスに行った時 12時間の飛行機のあの窮屈なイスで
侍になってしまいました。私は心配性ですから あらゆる薬を用意して行ったのですが この薬だけは用意していませんでした。しかし歩いていてもこしかけてみても 何しろ痛いのです。そこで薬局を見つけたので お尻をさして「painful」とは言わなかったなぁ。
「いってぃ」と言ったのです。たしかそういう英語があったと思っていたのです。そうしたらね 女の店員さんが こっそり「O・K」と笑って その薬をくれたのです。使ってみたのですが結局2、3日は痛くて薬も効いた感じではありませんでした。日本に帰ってから「これはなんの薬だったんやろ」と。未だ不明のままです。この薬はご用意願います(笑)


《 2016.11.06 Sun  _  1ぺーじ 》