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ゴーギャン

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印象派時代 福島繁太郎著 昭和18年 光文社

ゴーギャン

 この素朴な生命のいぶきを求める心は、先にマルチニック島に彼を走らしたが、間もなく南太平洋の孤島タイチにその悲惨な生涯を送らす事になったのである。彼は文明は人間を抹消的ならしめるから、原始の生活のなかに飛び込まねばならぬと考えたのである。
「黄色のキリスト」のほか「ヤコブと天使との戦い」もこの期の作品として有名である。カトリック教的な装飾味の強いものであるが、これについてはアルベール・オーリエが有名な批評を書いている。このアルベール・オーリエはゴーグについても、ゴーグの生前、
既に彼の芸術を理解したほとんど唯一の人であろうと云われている。オクターヴ・ミルボウと共に印象派時代第二期の批評家として記憶さるべき人である。カミイユ・モックレールは生年的(産まれてから経過した年数)に云えばこの時代の人であるが、彼はセザンヌやゴーギャンをよく理解しなかった。彼の理解はクロオド・モネーに止まっていた。
 さて先にゴーギャンは、ポンタヴァンにおいて一群の青年画家とともに画作したり議論したりしていたとかいたが、一群はゴーギャンの親分肌の人柄に魅せられ、芸術理論に共鳴して、彼を首領として一の集団を形成するに至った。世にポンタヴァン派といわれるのがそれである。この直接間接の仲間と数えられる人々にはエミル・ベルナール、ポール・セルージェ、モーリス・ドニ、エドワール・ヴィヤール、クサヴィル・ルウセル、ピエール・ボナールなどである。


「文明は人間を抹消的ならしめるから、原始の生活のなかに飛び込まねばならぬ」
マルチニック島やタヒチで生活する中で ゴーギャンは そういう事を身をもって感じたんですね。
ここに『パパラギ』というはじめて文明を見た南海の酋長ツイアビの演説集(立風書房)1981がありますが この酋長は白人の事を その白人たちのことを語っています。

「パランギの信仰するキリスト教と神の大いなる心との違い、パンラギの行動の矛盾。服装の事、日常生活、パーティ、住宅、道路と町。金銭と経済、職業と職種、田舎っぺと都会っ子。そして、時間感覚の相違や近代文明の機具機械、マス・コミニュケーションの不思議など文明社会のあらゆる面に渡っての批評と意見。物がたくさんなければ暮らしていけないのは心が貧しいからだ、パンラギの考える最高の知恵よりも一本の椰子の木のほうがいかにかしこくすばらしいか....等々。明敏なるわが兄弟よ、と呼びかけながら仲間に語るのである。」訳者は書いています。

ゴーギャンにもポンタヴァン派という仲間はいましたが こういう事を理解されるまでには もうすこしかかったのですね。

ゴーギャンは親分肌なんだ

《 2016.06.14 Tue  _  1ぺーじ 》