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ピカソとその周辺

「ピカソとその周辺」フエルナンド・オリヴィエ著 佐藤義詮訳 1964 昭森社

ピカソの牝猿モニーナ

 ある日かなりまとまった金が必要だったので、彼は自作の彫刻をヴォラールに売った。ヴォラールがそれをブロンズにしたかどうか私は知らないが、その後それらの彫刻をどこでも見かけたことがない。
 優れた才能の見える男の首の彫刻を、私は覚えている。また、とがった帽子を被った狂人の胸像や、粗いタッチの女の胸像を。その頃、彼は立体派の肖像画を描き始めていた。ウーデの肖像を描いて、前にお話ししたように、コローの商品と交換した。それからヴォラールやカーンヴァイラーの肖像を描いた。これらの肖像画を完成するには長い間かかったが、殊にヴォラールのは数カ月を費やした。
 彼がしばしば言っていたことだが、その作品のあるものは手許に残して置いて、後から手を加えたかった。絵画というものは、決してこれで完成されたということはない、とも言っていた。
 しかしながら、物質的には余裕ができたにもかかわらず、彼はますます陰鬱になった。彼はどうしたのか、疲れたのか、どこか悪いのか、と尋ねられると、おどろいたような顔で相手を見て、答えるのだった。
「いや、全然そんなことはないよ、仕事のことを考えているんだ」
 家で食事をしている時にも、ほとんど話をしなかった。食事中一言も口をきかないこともしばしばあった。
仕事に夢中になっていた時でさえ、悩んでいるように見えた。
仕事が終わると、とても元気で、快活で近づきやすいアポリネオルやマックスとは、まるで反対だった。
 もっともピカソは彼らと顔を合わせると、たちまちち陽気になった。彼は自分とはまるで性格の違う友人を選んだのだが、それが幸せだった。

***

「しかしながら、物質的には余裕ができたにもかかわらず、かれはますます陰鬱になった」オリヴィエは気になりますよね。
「仕事に夢中になっていた時でさえ、悩んでいるように見えた」

そうですか 別の女のことを考えていたわけではなく わたしはこういう様子を息子のときによく感じます。彼は絵を描きますが 食事をしていてもじーっと行動がとまるときがあるんです。調子がわるいのかなと思ってしまう私ですが しばらくすると 父親に絵のことで話すのです。この思考回路は 絵の考えがずっと続いていることなのかなと思ったことでした。

「まわりのアポリネールやマックスと顔を合わせると、たちまちち陽気になった」
ピカソというのは なまえのようにピカピカした(だれがそんなこといってるんや)性格ではなく ずっと自分の世界に深く入り込んでいたりする性格なんかな なんてこと興味深く思ったことでした。オリヴィエは どういう女性やったんやろ。

ゴーギャンの絵を買って送金したのはヴォラールですね。アンブロワーズ・ヴォラールです。ピカソの旅芸人の時代の作品をのこらず手に入れた画商。この本にも出てきましたね。
マックスジャコブも精神、芸術、思想の共鳴がありましたが。

旅芸人の世界を描いたピカソは ゴーギャンのタヒティの精神世界と共通項ってあったんですかね。 ええっとここからは勝手な解釈ですが ピカソもゴーギャンも あきらかに相手とか相手の世界に 別世界を感じていたんじゃないでしょうか。だからこそ その世界に神秘性や魅力を感じている。
なんてね。

でねオリヴィエのピカソ観察の所を見てみましょう。 ピカソという男の考えていることと女が考えることとは別で 食事のこととかは 二の次なんでしょうね。その時に興味のあることのみを考えてる。そうか女はまわりのいろんな事がきこえたり 見たりしている。男は そこがちがうのかもしれません。

自分とは全く性格の違う友人を選んだ それが幸いだった

さいならさいなら

《 2016.05.28 Sat  _  1ぺーじ 》