『現住所は空の下』高木護著 未来社 1989
一期一会
光り男
順を追って書いているのではないから、話は前後する。
昭和二十九年から、三十三、四年ごろにかけて、九州一円んをぶらぶら歩いたことがある。旅といえば旅。放浪といえば放浪。浮浪といえば浮浪。ルンペンくらしともいえるし、乞食くらしともいえるし、ぶらぶらくらしともいえた。本人のわたしからすれば、ぶらぶらといったほうが一番ぴたりとくるような気がする。
どこどこまで行きたいという行き先があるわけでもなく、何かしてみたいという当てがあるわけでもなく、ただのぶらぶら歩きだった。疲れてきたら、きたところで足を投げ出した。眠くなったら、眠くなったところでころがった。景色がいいところがあったら、そこに腰をおろして、何日でも飽きるまで眺めた。腹が減ったら、持っている食い物を食べた。食い物がなければ、木の実や何かの根っこや草を食べた。そんなもので我慢しきれなくなったら、行き当たりばったりの農家に頼み込んで、二日か三日、百姓仕事の手伝いをさせてもらって、代わりに米、麦、からいも、味噌、梅干しなどの食い物をもらった。
そして、またぶらぶらと歩きつづけた。
***
高木さんの文をこうしてパタパタ打っていると、「あっこの文章は長い!」とハッと気付いて どうしょうと思うことがある。今日は病気の兄に電話して、死んでしまった二人の兄にそうしたように なぐさめようとか げんき出してもらおうとか思っていた。ところが逆に「考えても仕方がないんだよ」と元気な声が返ってきた。私はおいおい泣いてしまって ほんとうにこれは慰められてしまった。高木さんのこととどう関係するのかということなんだけど 私はなんか兄の声に元気が出て 高木さんの文も打てそうな気がしたのだ。涙をながすと どっかがすっきりしたりすることを覚えたのは最近の事だ。知ってはいたけれども 私は最近まで悔し涙が多かったので(笑)頭が痛くなる方が多かった。
で そういうわけで元気が出た勢いでこの「光り男」にとりかかった。
ところが長かった。どう考えても一回では打てそうもない。
兄に電話をするまでは 目も頭も痛かったし体もだるかった。それが元気になった。
兄の事もそうだけど高木さんの文も元気がいつも出る。それにぶらぶらの話だから 私もあせらずに少しずつぶらぶら打とうとも思った。
もうひとつ「パパラギ」という本がある。 はじめて文明を見た南海の酋長ツイアビの演説集というもの。それを読み始めている。長い間ほったらかしにしていた本。だからこれはパパラギ語の本だと思っていた。ところがパパラギというのはヨーロッパの白人のことなのだ。そして今の私たち文明の名の下に 何をするにもお金の世の中のことを 不思議がるこの酋長の話なのだ。 これは 高木さんともつながるようで 今日は口数が久しぶりに多くなった(笑)しかし文章はたったこれだけしか打てなかった
ぶらぶら