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おたより

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しーちゃんからの里帰りおたより

1984年私のしーちゃんへのおたよりは山陰の海を越えて(大げさですか)美保関に行きました。

げんきでっか。
毎日毎日が 「ああ やっと夜がきた。はやくこの夜がきて わるがきどもがねむってくれたらいい!」とそんなことを願いつつ生活しています。
7カ月のけいぼーは(赤ん坊)口をもぐもぐさせつつ右手で(本当は左手だったようだ)何かをさがし左手もついでに出しているというふうに とにかくせわしないのです。こたつにつかまって立っていたりして わたしは疲れています。私もよく食べますが なんだかこの子を見ていると おなかには胃袋しかナインじゃないかと思うくらい。

 情熱もうすれぎみとおっしゃるしーちゃんですが、仕事の方忙しそうですね。
 私もとにかくクタクタで ご飯を作ってくれる人がほしいくらいです。
 箱のなかにはしーちゃんと難波を歩いた頃の指輪やブローチが出てきたりして あの頃は夢いっぱいで 適当に孤独でとなつかしいです。胸がキューンとしてね。
子供を持つと必死で子育てをしてしまうんですよね。行きたい喫茶店にだって行けないし、このちょっと自然の多い交野市に引っ越してからは ネオンの明かりから増々遠ざかったという感じです。
こういうところに住んでいると 自然はいいなあと思うのですが なぜか人生のことを考えたり 秋風がふくと 夫が急に亡くなったら4人の子供抱えてどうやってくらしていったらいいのかしら などと不安になったりするのです。
新婚当初だと 結婚しましょう 結婚ほど楽しいことはござんせん 子供をうみましょう
こどもほどかわゆいものはありませんと まわりにも云ってたものですが 今はそうやたら口走るのはやめとこうという感じです。一人分の心配ですんでたあの頃のほうが気がラクだったと思うことだってあります。それにお化粧も忘れておむつをたてひざして とりかえてる姿は 女ではありませんです。母親あるのみです。

 さたさて 虫といえば 毎日の散歩コースには、虫がいっぱいいます。トンボがおりたったのは とてもスマートで ヘリコプターがおりてきたみたいだったのですが 下にいた蟻とぶつかって アチチーという感じで いそいでまいあがりました。カタツムリのたまごがかえったらしく 親だとおもうんだけど こどものほんとに小さいカタツムリをくっつけていたのです。よっぽどはなれたくない1ぴきだったんですね。いなごはピョンピョン カカシはあんがいいいセンスの 服を着せてもらって麦わら帽をかぶっています。もちろん稲刈りの後は カカシもどこかにつれていかれたようです。
こんどきてくれるときにはわかめもってきてね。
さいなら

***

私たち一家は大阪の寝屋川市から交野市に引っ越しをします。
寝屋川市では隣が5軒ほどくっついていたのかな。数人といつもいっしょに家で持ち寄って昼ご飯を食べていました。持ち寄りのごはんは栄養があるのです(笑) だからこの手紙のなかの男の子はよく太ってよく食べていました。この子が生まれて間もなく交野市に引っ越ししたのです。ここでもうちの子はとなりに行ったり 他にも遊ぶところはありました。田んぼも山もあってね。
こどもはしーちゃんが突然のように美保関に帰ってしまうと とても残念がっていましたし 私もそうでした。そんななかで しーちゃんと私たちの文通が始まったのです。
フーフー通信 交野日記も そのころはじまって1年ほど続いたのです。


《 2016.02.26 Fri  _  思い出 》