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里帰り通信

この前 話しましたね。1984年頃 「フーフー通信」なるものをだしていたこと。
それが美保関のしーちゃんからこちらへ里帰りしたこと。ちょうど2月のことを書いています。

夢のまた夢 

 二月の私は、ユーツです。今年はどことも非常に寒いということもあるのですが、コタツに入ったら、ボーッとして、おしりに接着剤がくっついたように、もう動きたくなくなるのです。このままだと脳ミソにカビがはえて、くさってしまいそうです。
 家事もせずに、主婦がなんや、なさけない、と先祖、いや母から文句をいわれそうですが、これが「つわり」なんです。
 自分でいうのもなんか変ですが、ふってわいたような出来事です。

 去年の十二月、私は、我が家の犬、ミッキーに子供が産まれるんじゃないかと、ものすごく心配していました。というのも、近所のドンという黒くて、ミッキーよりもひとまわりくらい小さいオス犬が、ミッキーのところに通いつめていたからです。うちの犬はミッキーといいます。メス犬なんですけど わけあってミッキーなんです。長男が「桃とかそんな名前で呼ばれるかい」と言ったからなんです。まそれはいいとして、ドンの話に戻りますが、ドンの飼い主は、それぞれバラバラの意見を持っているんです。小学生の男の子と、おじいちゃんは、「犬を一日中つないどくなんてかわいそうや、はなしてやれ」という意見を持っています。男の子の母親は、「そんなことをしたらよそに迷惑をかけるさかいに、つないどかんと」と思っています。ところがそこは、男の子とおじいちゃんが強くて、ドンは 一日中はつながられないで すむことになったのです。
で、ドンはよその家の愛娘に手を出すようになったのです。追っ払おうがくさりが絡み付こうが、とにかく通いつめたのです。何の話でしたっけ?
そうそう ドンとミッキーの話です。
「もー、おっぱいの数だけ生まれたら6ぴきじゃない? えー 前に 迷い込んで来た犬を プラカードもって'子犬はいらんかねえ'ってやったことあるよね。あれだってやっともらい手が一人だけ現れたんよ。もういややで。」一年前の暮れもおしつまったころのノラ犬騒動のことを思い出してしまいました。
 でも、私も女、ミッキーも女、一度くらい母親にならしてやりたいという思いはいつも心の片隅にあります。だからミッキーに避妊手術を受けさせるのには抵抗がありました。だからドンにむかって「あんたみたいなチンチクリン、うちの娘にふさわしゅうないのんよ」とどなりつつも複雑な気持ちでした。
「これだけ朝晩通いつめたら、もうできてるなあ」
 私は夫に、なかば諦め顔でいいました。
 ところが、どういうわけか、ミッキーは妊娠したふうでもなかったのです。
「この犬、かってから何年目だっけ?」なんていってる頃、ふと私につわりがやってきたのですから、ほんとうにおどろいたのなんのって。ミッキーもかおまけといったところです。 
 ところで、私が結婚してはじめて妊娠したときは、「妊娠?信じられんなあ。私にみんなと一緒のことが起きるなんて」となかなか、じぶんのことなのに疑って信じられないのでした。これは、ま、私の癖のようなものです。母も疑り深いし、その娘の私も疑り深いんです(笑)
二十七年ぶりに(?)、結婚できたときも、「うそー、結婚?この私が?」と目がさめるたびによこに夫のぼさぼさ頭があるのを不思議に思ったものです。
 さて二回目の妊娠のときは、「すごい」と思いました。というのは、近所の私より少し若い奥さんが二度目の妊娠をしたのです。その時、「あーあ、ええなあ、私のおっぱいはちゃんとでるんだから、もう一回でるかためしてみたいなあ、だっこして、かわいい顔のぞきながら....」とちらっと思ったのです。でも深くは考えませんでした。ところがしばらくして、妊娠していたのです。だから神様ってすごいなあ、ちょっと思っただけなのに、子供を用意してくれて」とおどろいたのでした。
 そして今回です。今回は寝耳に水ってところです。
 下の子が、ハイハイして、それから歩きはじめて、私のいうことがすこしはわかってくれて、こんなとき、みなさんはどう思いますか? 私は山の彼方に、少しだけ光を見つけた、そんな感じになりました。
 そこで、光を見つけた私は、夏の終わりに、真夏には高くて買えなかった水着を二枚も買ったのです。色は黄色とオレンジ、かなりハデな色です。去年子供を連れて家族で海に行った時、海辺では、若いのも 中年も、三段腹のお母ちゃんも、みんな水着を着ていました。私は、下の子をしっかりお守りせねばというので、ショートパンツをはいたりして、見張りをしていました。でも、そのときなぜかくやしかったのです。
「なんでよ、私だってあれぐらいの水着、まだまだ着れるんだからぁ。こんど来る時にはビキニだって、なんだって、もうメチャメチャハデなのを着てやるんだから」そう思ったのです。だからさっそく、来年の夏のために水着を買って、赤いサンダルもついでに買いました。とにかく、かるく、軽薄すぎるくらい、ぱーっと目立ってみたいと内心思ったのでした。
 ところが、できてしまったのです。このおどろきは相当なものでした。
夫は「もうまいったなあ」という顔をしていますし。田舎の母は「大変なことになったなあ」と貧乏人の子だくさんになるのがまるで確実かのような言い方をしました。ちょっと大げさですが 合計5人の子供です。

つわりも、ひどいようで、どこでもいいから夕ご飯のしたくなどよしてばったっとたおれて眠りたい、そう思いました。一日一日がやっとこさぁです。インキな顔をして、だれかれとなくバセイをあびせたくなるなるような。
 そんなある水曜日、私は急に今日が粗大ゴミ収集日であることを思い出し、「ゴミ拾いに行こう」と2人の子供にいいました。
 子供を自転車の前うしろにのせて、いつもより息切れしながら、走りました。例の粗大ゴミの中の「宝探し」です。だいたいつわりのときは、流産もしやすいのです。でも、それ以上にスカットしたい気分でいっぱいでした。
「ええ気分やなあ、やっぱり家にじっとしてるより出たほうがええなあ」
 といいながら、長いブドウ畑の間を抜けながら、いつもの時間よりだいぶおくれているので、清掃車がすでに運び去ってても仕方がないなあ、と思っていました。ところが、見えて来たのです、あのこんもりとしたゴミの山が....。子供ができたとわかってから、ここしばらくはゴミ拾いもやめていました。
「さあ、乳母車は落ちているかな?」
 最初のゴミの山の前で、子供たちにいいました。
 四歳の娘も、一歳の息子も、いつものことで、ゴミの山を、「ワッ、ワッ」とゆびさしながら、何の抵抗もなく喜び、ゴミの前でうれしそうに立っています。
「ないなあ、乳母車は」
 と去年人にゆずってしまった乳母車のことをつぶやいていると、坂の下の方から、母子があらわれました。六歳くらいの女の子が小さなドラ猫を大事そうに抱いています。その奥さんは、さりげなく、「何してるの?」と私にききました。
 こんな自然な、人を包み込むような表情で声をかけられたのははじめてです。
なにしろゴミの山の前で、ゴミをひっぱりだしたり押したりしている人間に対して、そうやさしい問いかけをしてくれる人を望むのがおかしいのかもしれません。
「うん、こんどまた子供ができそうやから、乳母車がないか さがしてるねん」 
 わたしはそう答えました。
「乳母車ねぇ、ふるいのでよかったらあるから、ちょっとまっててね」
 そういうと、その母子はまた坂を引き返して行きました。しばらくして、
「これなんだけど」
 奥さんは、相当いたんだバギーをワツィの前にひろげてくれました。このバギーがつかえるようになる生後一カ月から六カ月までの赤ん坊をのせる乳母車が欲しかったので、その旨を伝えました。
「奥さん何人目?」
 その奥さんが、二人の私の子供を目で追いながらききました。
「五人目」
私は、ちょっとテレくさそうに答えました。五人子供がいるというとびっくりされるんじゃないかと思っていました。実際、これまでだって子供が四人ですというと、「へぇ、奥さんも細いのによおがんばるねぇ」と、言われたりしていました。
いろいろ弁解をしようとしたりでしたが、今回は、そんな必要もなさそうそうな雰囲気でした。
 そのおくさんはそれまでどうりの落ちついたのんびりした口調で、
「そお、五人目なの。うちは八人よ」
 いままでなにげなく話を聞いていた私は、ハッとしました。
「えっ、八人!?」
 思わず、ききかえしました。
 その奥さんは、のんびりと、こっくりうなずきました。
「夫もいろいろいったけど、産むのは私でしょ。できてしまったものを殺すなんてことはとてもできないし、とうとう.....でもみんないい子よ。ほんと」
 ゆっくりかみしめるように話す奥さんの声に 耳をかたむけていました。
「また、かわいい赤ちゃん、久しぶりに抱かしてほしいわ。ここをおりてすぐだから、また遊びに来てちょうだい」
「は、はい。でも、八人ったら、ここら辺では一番多いんでしょ」
「あら、そうでもないわよ。近くに十人っていうのもいるわよ」
「十人!」
 私は、どんどん言葉少なになっていきました。

 私は、このゴミ拾いに来て、またもや、神様の声を聞いたようでした。この日にこの奥さんと出会っただけとは とても思えませんでした。
 その日から迷わなくなりました。
 しかし三十四歳のつわりは、結構続くのです。
 近況報告です。

***

この話は 原文をすこしけずりました。それで文がよくなったのか 前のままがいいのか
わかりませんが あのころは とにかく「長いけど話をきいてください」 みたいなところがありましたね。夫はうまい小説が書けるようがんばり、私は日記出身の新人(笑)でしたね。
犬の話から私のつわりやゴミ拾いや 赤いサンダルの話 今の「ぺら本や」のり子としましては こんな長編はいかんのです 指が痛くて。そうでしょう?
 あの奥さんの子供、八人 ピカピカに育ったかなあ ふむ 
 いい出会いでした。
 その後私は男の子を出産し、それからミッキーは立て続けに二回 子犬を産みました。
何匹づつだっけ? 幸運にもみんなもらわれていきましたよ。

《 2016.02.13 Sat  _  エッセー 》