「きのうのはなし」 1970(21歳)
きのう わたしが 何をしてきたか、はなしたくてうずうずしてたのよ。
でもN子の下宿に泊ることになったので、今日そのことを書くわけ。
安保闘争に出たの。
催流弾のおかげで今、目は真っ赤 こわいよ この目。
一度出てみたかったデモ はじめて経験。
まず新宿を出て、明治大学前広場に集まった。そのときはまださほど人は来てなかったけど、なにしろはじめて参加するものだから、すごく緊張した。
広場に行く途中では「きりり」とした目つきの学生たちが闘志まんまんで並んでた。
カクマル全共闘、ベ平連、LM、ほかにあったかな。わたしはN子とその彼氏にさそわれて「行ってみる?」といわれて参加。
叫んでいる 叫んでいる!「安保粉砕、闘争勝利!」
片方が「安保」といえば、もう一方が「粉砕」という。 同じように「闘争」「勝利」という。
はじめははずかしくていえない。
でも機動隊のヘルメットや盾を見ているうちに 小さい声だけど わたしもいってる。
N子は「機動隊は数が多いだけよ」と機動隊をにらみつけていう。
広場で2時間くらい集会が行われた。
アジテイション特有の言い方で「我々は」「断固として」「・・することを誓う」という。 それらの声は出すだけで体力を消耗してしまいそうな大きな声だった。私は彼らが何を行ってるのかさっぱりわからないのに、拍手をした。
そして紙が配られた。もし警察に捕まった時には電話して弁護士にとりついでもらうことそんなことが簡潔に書かれている小さな紙。 そうすると取り調べをする警官は何も聞かずに例の所にぶちこむんだそうだ。 これをみんなおぼえろというわけだ。 みんなは何度も同じ経験をしているからそらでいえるらしい。 私がなかなかおぼえられないので 、頭をつつかれた。 そしてさっぱりわからないアジテイションの後、さあいよいよデモ行進だ。
午後7時を少しまわっていた。 それぞれの大学の旗が高らかにかかげられ、みんなが立ち上がった。 そばには法政、女子美、東洋大学、東京外大。 私の大学は有名とはいえない。 東京外大の女の子を「頭がよさそうだなぁ」としみじみ見ていた。 何れも名門校の女の子たち、どこか「きりり」としている。
そして私はというと まるで初心者で、何の知識もなく どこからかまぎれこんできた子供のよう。
***
21歳の「きのう」は もう届かない遠さ。
あのころ 友達とその彼氏が学生運動をやっているだけで 私の行った大学でも 盛り上がっているように私には見えた。
初めてデモ行進に参加したというだけで なんぺーじにもわたって 日記にその様子を書いている。
友達の彼氏のうしろの本棚には むずかしそうな本が「でん」とあり 私は「親にお金を出してもらって学校にいってるのに」といってもみたかったけれども そんなことをいえば 知らない事をいっぱいならべられて たちうちできないのは 経験ずみだった。
かといってこんどは 「学生のくせに」という人がいると それも気に入らなかった。
なぜ デモに参加しようと思ったのか それは「経験が発言権をもつ」と結構長い事 まじめに考えた末の事だった。
その経験は やはり私らしく 喜劇に進んで行くのだけど。
きょうはここまで