立岡光廣さんとの芸術論
評論家 Mr立岡
この人は66歳の私と大して年齢は違わないと思います。
彼は上にあるクレーの自画像をもうちょっと小さくしたような人です。ちょうど今『コレクション」滝口修造の本でクレーをやってるので クレーの自画像を。
私が夫を介して 彼に私の 作品の山を評論してもらおうということになったことがありました。
夫は妻であるこの女の才能が あるのか どういうふうにあるのか それともこれはどんなジャンルに入れればいいのか 本人はこれらを人々に見てほしいのか どれをとってもすっきりしないというのが 私のやってることのようでした。
彼は私の作品の入ってるファイルなどをていねいに見てくれました。
ま そんな大げさなことではないけれども
そのころ 私たちがよく集まる喫茶店がありました。そこで「のりこのフラグメント(断片)」というのもやりました。いまだにフラグメントが何なのかよくわからないんですけれども。 すきま学会例会 といって友だちのふじもとさんが言い出した言葉です。
このパンフにはこういうことが書いてありました。
子どもは天才
美術する有機体
関係の密やかな物語
「芸術論」と考現学
死とエロス
のりこさんの「芸術論」と題された膨大なファイルと1週間向きあった。
その間、のりこさんとの毎日の対談は、僕にとって久しぶりに味わうアートな体験だった。あの時の二人の熱気を再現できればと思っている。
こんな具合ですが その片隅にこのクレーの自画像がなぜかあったわけで。
2000年の話をすみからすみまで覚えてる訳ではないんですが このクレーの自画像はシンクロニシティー(笑)
あれから15年が経ちました。 あのときも人は来てくれたのに あんまり盛り上がらなかったようです。 私の話がへただったからでしょうね。
「それであんたなにをしたいのよ」と聞いてた人いわれると ことばにつまるんです。 なにがしたいも こんなにせっせとやってるからです。 そんなにむずかしいこともやってはいなですしね。
わたしの基本は「小包の宛名書のように 自分がわかり それはきっと他の人にもわかるだろう」なのでしたね その頃は。 それでも今ごろは 「見る人には自由を」なんてこともおぼえましたよ。
あの頃のこうした経験はしてよかったですね。 今じゃふるふるして 体にこたえますからね。 ホームページは今の私にあってますね。 こういうファイルをひっぱりだしてきて 新たな 考えも出てきたりしても こうして打てるでしょ。 もう人前で 「なにをやりたいのよ」なんてことと言われなくてもすみますしね。
立岡さんとの対談は まだ少し残ってると思いますう。また読んで下さい。
きのうは日本の水墨画などのすばらしさについて 毎月一回の読書会がありました。
私はまだどこかふるふるしているんだけど 参加しました。
「へんな日本美術史」山口晃著です。なんせ参加できるかどうかでせいいっぱいで 読んでません。(今回に限ったことではないのですが)皆さんの話を聞いているうちに 自分も一言位くらい言えればよかったかな。
日本画と言えば若冲が描いた海の生き物たち これはときどき本をひろげてワクワクしてみたいな。 水墨画はお父ちゃんが描いたのがいいな。 ふとんのなかで ひとり山に登り いおりに行く。そこにはおじさんがくつろいでいる。戸もあけっぱなしのところにね(何時も不思議だった)。寝るところにあるのですから 毎度。
洋画だってゴンドラに立派なカーテンでピラミッドのようになった あそこのなかをのぞいてみたかったですね。 私はいつもそのようにして絵に参加していました。 虎とか龍のふすま絵だとどうだったのかな。
そこに生まれてそこにいて 味わったもの。 私はどんな絵でも 子どもなら 毎日ふとんのなかでながめれば その中に入っていけると信じていますよ。 だから絵よりふすまというものに 日本の何かを感じようか それぐらいなことを言ってみたかったですね。
さいならさいなら