父は1979年に71歳で亡くなりました。
チュウリップ
食堂車にて
開きけり
この皿絵をかきました
父の手紙は連絡事項がほとんどです
のりこさん、いよいよ上京して卒業式にいきます
あなたの日程表の通り 八日に上京して十二日に帰ることにします
たけしさん(兄)のほうもその通りに連絡しました
八日東京駅から電話をしてたけしさんに迎えに来てもらいます
泊るのもあなたのスケジュール通りです
八、九はたけし、十日はのりこの下宿、土日は たけしのところとする
細かいことは八日にたけしと相談してきめる
大雪で今年 はじめて雪はきに出ました
今一面銀世界で大変寒いです
待っていて下さい
やすしのところのあかちゃん やすえちゃんです
なかなか大きな子です
けんさくくんの結婚式に参りました
よいよめさんでした
たけしちゃんと連絡してたのみます
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お父ちゃんおたよりありがとうございます。これは私が22歳のときの手紙ですね。
私の大学の卒業式に出ることが書いてあります。読んでて 「ああめんどくさいなあ」と
思っている私です(笑)。 65歳の私は どういうわけか22歳の私になっています。
兄に言われたことがあります「あんたのために遠くから出てきてくれる おとうさんやおかあさんのことを考えなくちゃ」。
「でも 私にも都合があるのよ。友だちとも会わなきゃ」そんなことを思ってましたね。
今 東京に私一人で こどもたちにやっかいかけないで すたすた行けるだろうかと考えると むりですね。小津監督の「東京物語」の世界です。長野の田舎から 重い腰を上げて 夫と出かけて行く。今の時代になっていても そんなことを思うなんて おかしいですが 親たちと同じ感じになってしまいました。 夫はけっこう出かけていますから こんなんじゃないですよ。でも私はやっかいです。
親たちは 義務として 無理してでも出かけて行ったんでしょうね。「ああ はやく家にかえって 畑に出たり ゆっくりテレビを見たりしたい」と思っていたかもしれません。そうそう この手紙は 今の私と同じくらいの時です。
「めんどくさいわ」などといってしまうような時代を持たなかった 親たちの話です。
田んぼではかえるの声がひっきりなしに聞こえます。
おたよりおまちしてます。そういうわけにはいきません