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1ぺーじ

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『楡のパイプを口にして』春山行夫著 厚生閣書店 昭和四年四月十八日発行
この本は1929年発行です。うちのお父ちゃんが22歳の時に発行されたわけです。私がもってる古本は 古本屋さんで買ったもの 実家につんであったもの の2種類です。古本屋さんのは後ろに鉛筆で値段が書いてあります。これは書いてないのでお父ちゃんのものかもしれません。親は二人とも死んでしまったので聞きようがありません。
今におよんで なしてこげなことに興味が出てくるんかなあ?(美保関弁です)
で中身にまいりました。

紙上建築

 辯(べん)

 詩が『お菓子』であった時も会った。詩が『紙上建築』であった時もあった。それで、もともとこの語彙には、はじめ皮相的な意味を含んでいた。僕なども毎度『紙上建築』の称号を戴いているので、ついでまでに夢のようなものや、笑いごとのようなものや、ちょいとした真理の化粧煉瓦のようなもので、諸謂『紙上建築』をはじめることにした。

これは44ページの一節です。わからないといえばそうなんですが なんか雰囲気がわかるような そんな文章です。なんか抽象画を読んでるような(笑)。
「文章は 私にわからなくてはとは思いますが もしかしてそんなことを考えてたら昔の人に会えないんじゃないかと思うようになりました」 と言ってみたいものです。
この本は208ページありますが 3メートルぐらい宙に浮いて ゆらりゆらりと漂ってみると たまに「おーい、ここんところは聞いたことがあるだろう」と声がかかる所が出てきます。「えっ!」といってストンとおりてみるとこれが佐藤春夫のところなんです。

秋刀魚の歌

あわれ
秋風よ
情あらば伝えてよ
ー男ありて
今日の夕餉にひとり
さんまを食らいて
思いにふけると
さんま、さんま、
そが上に青き蜜柑の酸をしたたらせて
さんまを食うはその男のならいなり。
いくたびか青き蜜柑をもぎて夕餉にむかいけむ。
あわれ、人に捨てられんとする人妻と。
妻にそむかれたる男と食卓にむかえば。
愛うすき箸をあやつりなやみつつ
父ならぬ男にさんまの腹をくれむと言うにあらずや

あわれ
秋風よ
汝こそは見つらめ
世のつれならぬかのまどいを。
いかに
秋風よ
いとせめては
あかしせよ かの一ときのまどい夢に非ずと。

あわれ
秋風よ
情あらば伝えてよ。
夫を失はざりし妻と
父を失はざりし幼児に伝えてよ
ー男ありて
夕日の夕餉に ひとり
さんまを食らいて
涙ながすと。

さんま、さんま、
さんま苦いか塩っぱいか、
そが上に熱き涙をしたらせて
さんまを食らうはいづこの里のならいぞや。
あわれ
げにそは問わまくもおかし。
    (我が1922年)

***

ひらりと飛び降りた先のこの佐藤春夫の「秋刀魚の歌」いがったいがった!(どこ?)
佐藤春夫はたしか谷崎潤一郎の奥さんといっしょになりましたね。谷崎さんは美人の人妻に恋いこがれて とうとうその奥さんと別れてしまうのです。ここで知らなかったのは佐藤春夫も奥さんにふられてる(こういうの?)。このどこか寂しい「秋刀魚の歌」はそういう背景を考えながら読むと伝わってきます。やっと199ページあたりでここです。でもここで一気にこの本に近づいて行きます。
で、この本で2つ なんとか近づいたのは表紙の絵や題字。そして「秋刀魚の歌」。で元気を出してもう一回見知らぬぺーじをはらりとあければ もう親しくなってました。

さいならさいなら



《 2015.04.19 Sun  _  ちまたの芸術論 》