『ピカソとその周辺』の続きです。この1ぺーじと『印象派時代』の1ぺーじをあわせて読んでいただくと その時代が見えてくるんじゃないでしょうか。
この文面の次がこれから書き写す文章です。いつものように()は漢字がわからないのです。漢和辞典を買うべきか 昔の漢字にはそう言う現代用語は通用しないのかで 買っていません。しかしここに一冊国語辞典にして 多少の英語もあり その上 最後の辺りには漢和辞典の箇所もある 古ぼけてはいますが なかなかの小さな辞書があるのです。
今日も虫眼鏡ご用意願います。
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献立は簡単で、ほとんど変化がなかった。というのは彼女は大抵例のマカロニ料理一点張りですましていたから。 画家のスロアガが司会して、その費用を他の者よりは裕福だったエッチェバリアとピチョットとアングラダとで分担した晩餐会を開いて、一同はその埋合わせをしたものだった。
お金持ちで、端麗な容姿をした世俗画家のエッチェバリアは、お上品に構えていた。これに反して、放浪者で、人を人とも思わないマノロは、いつも()と夕食と、「一ペセタ」と、人を煙にまいて旨い汁を吸う機会を探していた。
とても黒い髪の下の、とても黒い顔の中に、とても黒い眼をぎょろつかせた、皮肉で、陽気で、感情家で、怠け者で、極端に神経質で、必要な時には従順だが、ほんの僅かな束縛からさえも身をかわすことを心得ていたこの生粋の小男のスペイン人が、読者も知られるように彫刻家になったのである。
彼はその当時は、物質生活上やっと時間の余裕が出来た時に、
つまりほんの時たま彫刻をやっていた。いつでも警戒もされずよろこんで迎えられたマノロは、とてもいりこんだ全く思いもよらぬ前人未踏の、全く夢のようないろんな手を使って、誰彼なしに何回となくひどい迷惑をかけたが、それでいて誰一人としてかれを責める
者はなかった。
彼は、いつまでたっても直らない奇妙なアクセントをおびた無尽蔵な雄弁の才をそなえていて、確に当時の最も風変りな人物の一人だった。かれはバルセロナに奇妙な思い出を遺してきた。まだパリに出て来ないであちらにいた頃、彼は金もなければ家もなかった。
バルセロナでこんな条件で生活するのはパリよりずっと困難だ。幸いなことにも彼はさる牛乳屋の娘と恋仲になり、その牛乳屋が彼を雇ってくれたので、見せに陳列するバターの塊で毎日動物や花を彫刻することができた。彼はそこで田園を主題とした小品を作ったらしいが、それを今見られたら面白いことだろう。
マロノが、自分が得するように創めた富籤は、いつも開票の度ごとに、紛争の的になった。同じ番号が何度も出てくるのだったから。有る番号が三年も続いて出たのを私は知っていた。
マノロはその後真面目になった。よしんばそのために、親友の気を損じようと、決して洒落を発しないではおかなかったあのおどけもののマロノが。パコ・ドゥリオが彼を助けていた。そしてよく古洋服を呉れてやったが、ズボンのほ方は」自転車乗りの猿又にしか
使えないと言っていた。
かれは規則正しい生活に腰を据え、妻帯してセレに永住した。そこでカーンヴァイラーと契約を結んで、そのお陰で几帳面に仕事をしていた。
サロン・ドートンヌに出品した大作を当時制作していたカナルスのことをもう一度お話しよう。 闘牛場の桟敷(さんしき)。被衣(かずき)を被った二人の女が桟敷つkの手摺に肘をついている。二人とも美しいが、タイプは違う。一方はカナルスの、他方はピカソの女友だちだった。 良心的で、一徹な芸術家だったカナルスを私はよく覚えているが、休憩ごとに彼にたった一本の煙草しか許さなかった細君から励まされ、制作に駆り立てられていた。
その時分、大抵いつでも一緒に連れ立っていたカナルスとピカソは、まだ口髭を貯えていた。ある晩のこと、髭をそり落とすと、二人ともまるで見違えるような顔になってしまった。彼らは猛烈な非難を浴びて、どこに隠れてよいか分からない程だった。殊にヒステリーを爆発させてそれにけりをつけるのがいいと思ったベネデッタ・カナルスの憤慨のしようはものすごかった。けれども彼らはその後も断然口髭をたてなかった。
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ここのところを読んでいて 私はピカソの周辺にいた 芸術家の名前を知らない事に驚かされました。ゴーガンは知っていますが。ドゥリオはゴーガンやピカソと友だちだったということ、読んだことあったかなあ。「ゴーガンといえばゴッホ」 そのかたちしか頭に入っていません。そういう意味でもピカソがその後有名になり その周辺の画家や彫刻家のことを私は案外知らないのかもしれません。
私たちには 無名の時のピカソとその周辺知る上では貴重な本です。
そしてそういう芸術家たちがピカソを助け おたがいはげましあってきたということじゃないでしょうか。ピカソが有名になって まわりの芸術家たちが ともに引き上げられたと思っていましたが まだまだいたのですね。
エッチェバリア、ピっチョット、スニエル、アングラダ、スロガア、ファビアノなどがいますが そのひとたちがどんなだったか、興味深いです。カナルスの妻はドガのモデルをしていたんですね。パルトロメのモデルも。マノロはかなりのくせもの。ピカソとカナルスは髭をそり落として まわりを大騒ぎさせたそうですが ひげ面のピカソの写真を見たことがありますか?そんなちょっとしたことでも みんなで騒いだりして 仲間たちという感じですね。
さいならさいなら