『ピカソとその周辺』の続きです。
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ピカソとその友人たちが希望と夢を抱いて生きていたあの時代は、どこへ行ってしまったのだろう?
時には、絵の具屋の支払いも含めて一ヶ月五十フランでやっていけたあの当時の貨幣価値はどこへ行ってしまったのだろう?
実際あの当時は、信用借りもたいしてむずかしくはなかった。町内の商人たちは信用してくれて、時には支払うことが覚束なかった十五内至二十フランという多額を越えさえする掛売りをしてくれたものだった。
もう無一文になった時、ピカソの家ほど贅沢な昼食が出るところはなかった。そんな時には菓子パン屋にトリックを用いることを頼りにしたものだ。アベス広場の菓子パン屋に昼食を注文して、十二時きっかりに持って来るように言いつけておく。お昼になると、配達人が届けにやって来て扉をたたくが返事がないので( )を戸口において帰って行く、すると彼の帰ったのを見すまして扉が開くという具合だった・・・。そして数日後に、できさえすれば勘定をしたものだ。
また豚肉屋から掛でハムを買って、しばらくの間は訪問者という訪問者がベーヨンヌの厚い滋養たっぷりのハムを賞味したものだ。
安料理屋の主人たちにしても、私たちがそこへ行って、しかも長い間、いつも掛で食事をしたので、元も子も無くしたくないならそのままの状態を続けさせないわけにはいかなかった。カヴァロッティ街には「ヴェルナン」があり、ラヴィニャン街には「アゾン」があって、そこでは食事の終わりにしばしば主人手ずから注いでくれる小グラスの酒代も含めて、九十サンチームで夕食をとることができた。
人の好い正直者で腰の低い商人たちは、支払額の中からほんのわずかばかりの内金を、時々遠慮がちに請求することで甘んじていた。彼らはみんな慎み深い控え目な遣(や)り方で、芸術家たちを良く援助してくれたのだ。
それに芸術家たちも、自分たちの支払い能力について彼らを安心させるために、磊落(らいらく)で、大まかな態度を持していたものだった。
いまではお金ができて、欲しいものは何でも手に入れられ、思うように仕事もできれば、旅行もできるピカソもドランもその他の連中もその時代を懐かしがっているようだ。けれども、その当時彼らはただ仕事と希望だけで生きていたのだ。
彼らの大半は、その作品の売立が予想外の、しかも鰻登りの価格に達した時、その生活様式の変化を少しもためらうことなく受け入れた。この変化に全然身をゆだねなかったものが果たして幾人あるだろうか?
丘の上で、運動靴をはき、髪を風になびかせるか、古ぼけた鳥打ち帽を被って、亜鉛工の労働服を着たピカソに出会った時、私たちは彼が今日のような世界的な男になろうと想像したろうか! 幾度も洗濯したために、とうとうパステル画のようないい色具合になってしまったズボンと青い布地の小さな上衣。そしてサンピエール広場の日曜市で一フラン九十五サンチームで買ったあの忘れようにも忘れられない赤地に白の水玉模様のついた木綿のシャツ。
世間にまだ知られず、一枚のシャツも一本の糊着きカラーもひとつの山高帽子も身につけたことがなかったあの当時のことを、ピカソは今日どう考えていることだろう?スペインのバルセロナから持って来た古ぼけた小さなソフト帽子は、彼が軽蔑するような調子で言った「儀式」用としてしまってあった。たとえば、美術愛好家や画商の家で晩餐に招かれるような時のために。
それに現在ではブルジョワの仲間入りをしていてもピカソはもともと人並みはずれた個性の強い男だから、彼が望もうが望むまいが、とうてい世間なみの男になりきれるものではない。頭には大黒帽を戴き、髪の毛は艶々した半白になっても、身には一流仕立の三つ揃を一着に及んでいても、画家は私たちの眼の中に、昔彼をモンマルトルの名物男にした物腰を未だ残していて、青い布地の「菜葉服」をまとった彼を見知っている人々は、これとは異った彼の姿を思い描くことはできないであろう。
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おもしろくなってきました。 ピカソやオリヴィエがどうやってその時代に 生きていたのかが よくわかります。
「もう無一文になったとき、ピカソの家ほど贅沢な昼食の出るところはなかった。そんなときには菓子パン屋にトリックを用いることを頼りにしたものだ。」そのトリックがまた面白かった。 それでも食い逃げを企んでいるわけではなかったようです。 払える時に払い、それを受け入れる空気。 後年、そうした店のご主人は たいした恩恵にあずかったことでしょう。 ピカソとその友だちがその店の客であったことで。
ピカソがロシアのバレーリーナオルガと一緒になった時 ピカソはすでにこのころのピカソではなかったように思います。 華麗なる変身をとげていた。
オリヴィエを他の男にとられないためか ピカソが出かける時は彼女を部屋に閉じ込めておいたというエピソードもあるけれども あの時代は過ぎていくのでした。
こうしてピカソは社交界にデビューして しかし そこにとどまっていられないのがピカソ。絵を忘れてはいない。絵の下にいろんな出来事が有るように見えます。
女を泣かせるピカソになっても女がが主役じゃない。女にいっとき夢中になっても絵はしっかり描き続けたんじゃないかな。
いろんな面を見せ始めるピカソ。 オリヴィエさん 「ピカソの髪の毛が艶々した半白になっても」と書いてありますが 私たちが本で見たピカソはもうすっかりでしたよ。ま 半白のときもあったかも。どんなピカソだ?
さいならさいなら