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みをぎさんからの2014年のおたよりです。

ご無沙汰しました!
 今、『陋巷にあり』の第五巻を読んでいます。陋巷というのは、ごみごみしていて、貧乏な人が住んでいるところだそうです。
 儒者というのは、偉い人だと思っていましたが、偉いのは格子からなんですって。
 原儒(げんじゅ)というのは、葬式の仕方を知っているので、葬式の手伝いをする、あまり評価されていないどころか、バカにされていた。それから坐襦(ざじゅ)というのは占いができる、なんらかの呪術ができるにだそうです。これも尊敬はされていないようです。
 哲学者のヤスパースという人は、紀元前・紀元後のそれぞれ1000年に、すごい賢人が出た、それで、その時代を『軸の時代』と言ったそうです。孔子もその中に入りますね。ヤスパースっていうのは、家の二男の嫁の卒論なんだそうです。
 孔子は礼を重んじ、自分が勉強して、儒者の地位を上げたようです。でも、前にも言ったように、婚外子なので、なかなか良い勤め先がない、差別されているわけですね。それで、弟子も連れて、あちこち旅するのだそうです。
 孔子は、他の人には見えないものが見えるし、一種の呪術も知ってる、舞は非常に立派、この舞が神様に捧げる舞なんですね。
 孔子は、そのような、他の人にはできないことを、やって見せたりすることを嫌っていたそうです。それで、『論語』にあるようなことを言ったみたいですね。
 私は、N家の人間なのに、漢文が読めないのですよ。だから、こういう漢字ばかりの本にはルビを頻繁にふってほしいのです。毎日、うちのウオーキング・ディクショナリーに聞いてうるさがられるのです。Nさん(夫せいのこと)のように丁寧に教えてくれません。

 夫がパリから帰ってきました。パリでは中国の人たちがいっぱい旅行してきているそうです。

***
みをぎさんおたよりなつかしく拝見しました。
この手紙は、私のこの人差し指の労働が よちよちのころで こういう難しそうなのは打てませんでした。この一年で人差し指はかなりのスピードが出て上達しました。
 『陋巷にあり』という漢字が読めずに だれかに聞きに行きました(夫せいしかいませんよね)。 こういう文章は目で追っているだけでは なかなかわかりません。こうしてゆっくりでもいいから打っているとだいぶちがいます。 『陋巷にあり』というのはごみごみしていて、貧乏な人が住んでいるところだそうですね。孔子のことが書いてあるのですね。儒教のことも孔子のことも なんも知らない私なんですが。 第五巻まで読んでいるみをぎさんですが 鍛え上げた読書力 おみそれしやした。みをぎさんは子供の頃から本をよむのが大好きだったそうですが 読む力って いちにちや二日では身に付かないんですよね。だいたい五巻まで読むことなど私にはありえないように思います。

孔子が言ったことは『論語』に書いてあるのですね。紀元前・紀元後のそれぞれ1000年にすごい賢人が出たそうですが、それは1000年目という節のことをいうのですか、それとも前後1000年の間に賢人が出たということ?どんな賢人が出たのかなあ。イエスキリストとか仏陀とか?

賢人というのは教えを説く人のことを言うのですか?科学者とかではなく。
孔子とうい人は今でいう哲学者だとしたら占いもできるとなると、今ではちょっとというところですが あのころは この呪術はよく貴族のあいだでも出てきますよね。こういう呪術のできる人はどういう位置にいた人なんです?葬式の手伝いができることは評価はされていない。呪術ができることも尊敬されていない、なのに貴族たちは信じている。わたしにはちょっと不思議なんですが。

イエスキリストのことだって300年ほどして「えらいことを言ったり行った人なんだ」ということになって多くのひとに信仰されていいきますよね。仏経だって 中国や日本に渡ってきていまでも続いていますね。孔子だって弟子を連れて旅をしていた。当時は必ずしも尊敬などされてはいなかった。いまは賢人。なかなかのことを言ってたからのこったんでしょうね。

人はその知恵でもってこの世をどうしていくんでしったけ?クイズです、はい。

『陋巷にあり』は何巻あるんですか?もう読み終えられましたか?

おたよりおまちしてます!




《 2015.02.14 Sat  _  ちまたの芸術論 》