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『植草甚一コラージュ日記』の続きです。
これは高平哲郎という人が植草さんのことを書いています。楽しみです。
この絵と文面の後ろに1ページ文章があります。

始めて買ったジャズのLPは、半額で放出されたミンガスの「オー! ヤー!」だ。植草さんの文章で知ったレコードで、これがジャズ・マニアになるぼくのきっかけになった。一度レコードを買ってしまうと、もう留るところを知らなくなる。それから一年したときには、植草さんの文章に登場する新宿のマルミ、オザワといったレコード店の顔馴染みになっていた。  高校二年生のとき、近所の古本屋で「スイングジャーナル」のバックナンバーが束になってるのを見つけた。母親に借金をして、過去六年分くらいをまとめて買った。それから、植草さんの文章だけを切り抜き、スクラップ・ブックを作った。このスクラップ・ブックがその後、植草さんとぼくを結びつけることになった。
 植草さんにはじめてお逢いしたのは1966年。一浪の夏だ。義兄小野二郎が関わっていた晶文社という出版社で植草甚一のジャズの本を出そうという企画が持ち上がった。その話を聞いてスクラップ・ブックを義兄に見せた。それが功を奏して経堂の線路際のお宅へ、当時編集部にいた津野海太郎さんに同行させてもらえることになった。本とレコードの山の中に小さくてまだ太っていらした植草さんがいた。写真で見たよりミンガスに似てるなと思った。植草さんはなにかレコードをかけていた。DIGの中平穂積さんが揃えたというオーディオ・セットはほこりにまみれていて、植草さんが聴いていたのはコロムビアの六〇センチほどの長さのいちばん安いタイプのステレオだった。植草甚一がこんなセットでジャズを聴いているという秘密は、外では絶対喋ってはいけないような気がした。「こんな記事になっちゃったんで、本屋で十冊買って来ちゃいました」そう言って、ぼくたちに「デラックスパンチ」に載った「ファンキーおじさん」というタイトルのグラビアを見せて下さった。植草さんはとてもうれしそうだった。そのすぐあとで僕のスクラップ・ブックをお見せすると、驚いたような顔をしてから、さっきよりも顔をほころばせて「ほー」と一言おっしゃった。その年、植草さんの最初の本『ジャズの前衛と黒人たち』が出版された。その頃から、月に一回はお宅にお邪魔して、レコードの整理などをさせてもらった。二浪を終えて大学生になると、車の運転手役で神田の古本屋や新宿のレコード屋にお供するようになった。帰りはジャズの喫茶店やカウンター・バーに寄り、買って来た本やレコードを楽しそうに眺めて、ぼくに説明したりするのが習慣になった。その説明が、そのままの文体で翌月の「スイング・ジャーナル」や「話の特集」に載るのが嬉しかった。ジャズの喫茶店で植草さんがリクエストするのはあまり見たことがない。たいていお店のご主人が新譜や珍しいジャケットを持って来て「今のが終わったら次にかけましょう」と言ってくれる。植草さんは、好奇心にあふれた子どものような期待でいっぱいの笑顔を返し「ありがとう」と言ってライナー・ノーツに読みふける。ミンガス、ドルフィー、セロニアス、モンク、バド・パウエル、オーネット・コールマン、セシル・テーラー、ジョン・コルトレーン、アルバート・アイラー・・・・・植草さんは、一癖も二癖もあるミュージシャンが好きだ。現代音楽、ヌーベルバーグにいち早く興味が行ったように、ジャズも前衛に走り、ニュー・ロックといわれる分野にまで直行してしまう。「ジャズの音にはユーモアがあるが、それはジャズを聞きかじった程度では、ほんとうは判らないはずだ。なぜジャズを聴いていると気持ちがリラックスするのだろう。それは緊張した音がユーモラスな音へと転調するからである」
 そういうジャズの聴き方をしていらした植草さんには、アヴァンギャルド・ジャズもユーモラスに聴こえていたのだろう。(後)

***
私にしたら長い人差し指の労働だったけど、この高平哲郎さんの話は面白かったのであまり長いとは思いませんでした。1972年作のコラージュは虫眼鏡で見ることにします。虫眼鏡はけっこうあります。おじいちゃんやおばあちゃんが残していったものとか。これがあると、植草さんのコラージュはだいぶ楽しめます。
ところでこの高平さんは中学三年生のとき「スイング・ジャーナル」という雑誌で、ジャズに入門しようとします。
正統じゃないようなジャズを聴いて「こいつは凄いなあと唸ってしまった」と書く植草さん。このしゃべってるような文体に高平さんは魅かれた。(そうなのか、植草さんの書く文章は「喋ってるような文体」、そうだよなあ、喋ってるような文体か。何度もわたしは繰り返すのでした) 正統じゃないようなジャズを聴いて「こいつは凄いなあと唸ってしまう」か、(正統じゃない、そうですか、と頷いてみるのでした)
よし!この人に決めた!高平さんは植草さんの書いている本を読み、ジャズ喫茶で本に出ているジャズをリクエストする。そうだね、植草さんについて行くのは異端ジャズワールドに足を踏み入れることだあ!迷い込むだって。始めて買ったジャズはミンガスの「オー! ヤー!」半額。若者とはこういうふうにして服やレコードにはまるもんなんだなあ(息子よ!)植草さんの文章だけを切り抜くそしてスクラップ・ブックを。(若者はこだわってしまう。わかるわー)(なんかおなかがすいてきたわ。ばあさんは太ってしまう。わかるわー)  そしていよいよ植草さんとの出会いが。植草さんは経堂の線路際にお家があったんや。(駅が近いから、外に出たい植草さんにはいい。なぜか納得する私でした)
ここからが植草さんとこの家の中。覗きたかったあ。本とレコードの山の中に小さくて太った植草さんがいた!(やっぱりな)(本屋やレコードいっぱい買ってたもんなあ)(高原さん、置物なんかには気付いてないんちゃう?やっぱり関心のある物に目はいくものですわ) DIGの中平穂積さん(出てきましたねこの人)が揃えたオーディオ・セットにほこりがたまってて、コロムビアの六〇センチほどの長さのいちばん安いタイプのステレオでジャズをきく植草さん(やるね)。この若者は「絶対このことは喋ったらあかん」と思うわけで、(これもええなあ)。背の低い小さな太ったおじさんが、ジャズの話を書く。(そういえば黒人のジャズ、マイルスデェイブスジュニア、ついでに思い出した。発音あってる?ミンガスに植草さんは似てるんでしたね)(ジェイブスはないじゃろう、デイビスよ。ブスがへんにひっかかるもん)。植草さんのことが載ってるスクラップ・ブックを見せてしまったねえ、植草ファン高平さん。(わかるなあ)「ほー」と一言。高平さん死ぬまでこの「ほー」覚えてるよきっと。 最初の本が「ジャズの前衛と黒人たち」なんだ。
高平さんは月に一回、植草さんのところへ。レコードの整理をしたりしに行くのでした。(うれしかったやろなあ)。二浪を終えて大学生になると車の運転手役で、例の古本屋、レコード屋にお供する。そしてジャズ喫茶やカウンター・バーに寄り、植草さんは本やレコードの説明を。(ふむ、理想的。話をきく若者としゃべる植草さん、いい関係や) 「好奇心にあふれた子どものように好きなジャズを聴く植草さん。この人最高に幸せちがいますか?)ライナー・ノーツ(なんですか?)に読みふけりながら。ミンガス、ドルフィー、セロニアス、モンク、バド・パウエル、オーネット・コールマン、セシル・テーラー、ジョン・コルトレーン、アルバート・アイラー・・・(ジョン・コルトレーンしか知りません)
植草さんは一癖も二癖もあるミュージシャンが好き。そうなんだ。現代音楽、ヌーベルバーグ、前衛のジャズ、ニューロック(なんか夫せいもそういうとこあるな)
「ジャズの音にはユーモアがあるが、それはジャズを聴きかじった程度では、ほんとうは判らないはずだ。なぜジャズを聴いていると気持ちがリラックスするのだろう。それは緊張した音がユーモラスな音へと転調するからである」(そういう聴き方だったんですね。ふむ、わかったようでわからない私ですが、ジャズを聴くと、私もつまりリラックスします。気持ちが柔軟になるというか)

いやあ、長かった。またあした、さいならさいなら

《 2015.01.24 Sat  _  ちまたの芸術論 》