『植草甚一コラージュ日記』の続きです。
植草さんの文体にだいぶ慣れてきた私ですが。 だけど植草という名字、めずらしくないですか?草を植える、草をうえてどうするんだというような気もしますが。 まあいいですよね、植草流だから(いつもこうなるのですが)。
この文面の前に文章があります。いってみましょう。
一月二十一日
「寝不足だけど原稿を書くか」。寝不足の似合いそうな人だもんねえ。 「原稿二十二枚しかいかない」。私にしたら二十二枚も書けるの?だけど。 これだけ原稿依頼があると同じ文を使い回ししたり。いいよねえ、いい。 「ひさしぶりに鍵谷幸信さんに会う」。この人はどういう人なんだろう。あまりにもわたしは知らない、人の名前を。 ベレーなしの清水俊彦さんはどんなふうになるんだろう。ベレーを取ると。 「向こう側からこっち側に移った崇文堂、この本屋は本棚やスペースの取りかたがうまいんだ」。 そういうのを見つけるのも植草さん。確かに本の置き方一つで本を探す楽しみが増えるというもの。 「メイヒュウーの「ロンドン・レイバー」の大型四冊本」。聞いたこともない本。装丁はどうなってるんだろう。「買いたいけどがまんする」。キリがないからね。「安本だけ六冊買う」。いつまでもこうはしちゃあいられん、植草さんはきりあげるときよくそう思うよね。寒いしね。こういうことは植草さんにとって遊びなんだ。
J・J氏を知る52の鍵
なんでJ・Jなんだ?聞いてたっけ? まあいいや、いつか出てくるよね。
「青山」おしゃれなお店がどんどんできてきた、そりゃあ歩くのも楽しいわな。一週間ぐらい青山学院の生徒して、それらのしゃれた店を「そぞろ歩き」をしてみたいもの。そぞろ歩きってこういうときにつかうんだっけ? 「浅井愼平」ここの文章おもしろいよ。ーー不思議なこともあるなあと思ったのは、そのときカメラはぼくのほうを向いていたのに、浅井愼平が消えてしまったのだ。まるで禅だよ、これは。そう思ったとき、また浅井愼平がそこにいる。彼は消えてしまったけれど、消える前にこうしろとカメラに命令しておいた。そうなるとカメラとしては精いっぱいやろうと思うだろう。ーー こういう文章が書けたらいいよねえ。植草さんカメラ少年だった? こういう文章をコラムっていうんですね。どれをとってみてもおもしろい、魅力がある。短い中においしいものが凝縮して入っている。 「飯島 正」 洋書づいたのも外国文学が分かりだしたのもこの人のおかげ、こんないい師匠がいたんや。二人は「ビッグ・ブック」と「スモール・ブックが来た」って言われてたんだね。 「池波正太郎」、操行が乙か丙。 池波正太郎、出てきましたよ、みをぎさん、ぴーさん。池波正太郎はつまりガキ大将だったそうです。1990年没、もっとむかしの人だと思ってた。代表作が『鬼平犯科帳』。この作家の小説時評をやっていくうちに、植草さんはこの作家のファンに。おもしろいんだろうなあ。 「イノダ」わー、コーヒーはイノダだったんですね。イノダファンのみなさん(わたしもコーヒー通ではないのにその気になってきましたがな)高田渡御用達の、歌にも歌われたイノダ。そうだ、露覇主さんだって大好きなイノダのコーヒー(どこまでいくんじゃい)しつこくなく、香りもいい、もうひとつ付け加えるとね、入り口で一瞬うまいと思わせる。 梅子夫人は京都出身なんや。はんなりやでー(無理すんなって)
「植草敏子」亡くなったお姉さん。四つ年上の大正末期の不良少女だったと植草さんが回想する。このお姉さんが映画や小説の趣味に強い影響を与えてたんや。そのとき不良少女、モダンガール、後に影響を与える。かっこいいお姉さん。
「MJBコーヒー」MJBのカン入りコーヒーをサイフォンでぐらぐらとやるとアメリカで飲んでたコーヒーの味になる・・か。アメリカ帰りの植草さんが日本のコーヒー店のブレンドがまずくなったと嘆いたらしい。アメリカンか、アメリカン常習犯はこのわたしよ。気管支炎のせいにいつでもするんだけど、多めに水分をとってないと咳が出る。どうせ飲むなら薄めて普通より大きなカップで飲めると安心。「シャバ公」一丁。いかんわなあ、コーヒー通にしたら「出て行け」と言われそうな。いかんいかん植草さんに嫌がられるわ。MJB万歳! 「関東大震災」植草さんはこのとき電車の中にいた。この人の歴史的一瞬は、やはり・・「どうしたんだろうと思って窓外を見ると、目のまえの銭湯の戸が外れて中が丸見えになってしまい、裸の大人が三人、慌てた格好をしながら、それでも手拭いでからだをふいていた」みなさん想像してますね、そんなときの話なのに。三人は男だったのかそれとも、しかしどんなことが起こっても、人は一応ふろを出る前に体を拭いたりするもんなんですねえ。実は女のわたしが言うのもなんですが、このまえ震度5の地震がこの地であったとき、わたしはあの人たちのようにお風呂に入っていたんです。どうしたかって?まず湯船でゆれにまかせておりましたが、そのとき考えたんです。今わたしがあわてて出て行ったら、二次災害間違いなしです。で、一応ラジオ体操まがいのことをやって、やがて出たのでした。ひごろ落ち着きがないと評判のわたしがあのような冷静さを見せたのはなぜなのか、なぞです。
植草さんだって、「手拭で三人がからだをふいていた」この観察、これは冷静ですよ。