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『小さな貝殻』マリア・ブラッキン作、新潮文庫です。

1971年小説家の母・森瑶子(1940〜1993)とイギリス人の父アイヴァン・ブラッキンの三姉妹の次女として生まれます。この本は52歳で癌のため急逝した母への鎮魂と自己を語った処女作です。
ここには若くして世界を放浪の旅をしていて日本にも立ち寄り、そこでは食べる者にも事欠くような状態だった父が英語の家庭教師のくちを母の家で見つけ、その上母に一目惚れされて結婚にまでいく話です。あっ、ちゃう、母は3人の娘を授かりますが、いつもこのまま子育てでおわってなるものか、甲斐性なしの夫との貧乏暮らしでおわるなんてと思っていました。 母には男友達が多く、作家としても出歩きます。 父は内心おだやかではありません。けんかがたえません。母はますます小説家として有名になっていきます。母が夢見ていた作家生活、華やかな大人の暮らし、それが実現したのです。 忙しい母とちょっとしょぼくれた、あっちゃう、父の間で3姉妹は両親を見ながら、母にかまってもらえない不満もだきつつ、不良少女として育っていきます。ちゃう、夫婦はぎくしゃくしていましたが、子供にとっては父は子供の面倒をよく見る、しかし怒りだすととまらない人でした。 やがて次女は美人に育ち母のパーティに母のセンスのいい洋服をかりて出ます。はなやかなおとなの装いと知的な会話のある世界とそこにいる生き生きとした母を見るわけです。 でも反発していました。彼氏をつくり、家をでて、それまで親の庇護のもとになに不自由なく暮らしていた娘は貧乏というものを経験します。 しかし大きなハプニングが起こるのです。 母が癌におかされるのです。 3人の娘たちは長女はまあいいとして次女も3女も問題児、ちゃう、それぞれにいろいろあります。 忙しかった母とぎくしゃくした夫婦、それが関係ないとはいえないかも、ですが母は重い病気になってしまったのです。 娘たちの心配事、夫と言い合い、それが関係ないとはいえないかもです。しかし母は病にたおれた。 父はそのころ仕事では社長になっていました。 母の死が近づくにつれて、病院を訪れた姉妹は母の前でけんかをしたことがあります。母は心配そうにしています。 影の薄かった父、ちゃう、も母を失うことで深い悲しみをおぼえます。死を前にして、のこしていくこれらの家族を気遣う母、とうとう「よかったね」という家族の姿をしっかり母に見せられないまま、母は往ってしまいます。そのことを次女は残念でしかたがありません。 それから3姉妹は外国にいく子、結婚する子とそれぞれの道に。 彼女は日本で母との、父との、姉妹との暮らしを本にします。 この家族は、いままで書いたような悪い事ばかりではありませんでした。 こどもにとって懐かしく楽しい思いでもいっぱいありました。 母は死んでしまったけれど、その後、父や姉妹は仲良くやっています。そして嫉妬にまみれながらも、ちゃう、父は父なりに母を愛していた。父子で酒をのみかわしながら大人になった次女は話しをします。
 この話は骨組みにおいて、家族、兄弟、夫婦、時の流れ、われわれ読者にも共通項があるように思います。 私は森瑶子の小説を読んだことはありませんでした。むしろあの華やかな彼女を週刊誌(大好きなんです)で見続けていました。その早い死のこともそこで知ったのです。人気作家は忙しすぎるのよね、ぐらいに思っていました。その森瑶子という作家の家の歴史を、子供が書いていることは興味深かった。 どこの家でも大変なことでいっぱいです。だけどそれだけであきらめるのは早すぎる。この家族がどのようであったのか、どのようになっていくのか、本の中で見ることができました。『小さな貝殻』は家族がいつも行っていた別荘の海辺の貝殻だと思います。別荘に行くときの父の運転はスピードの出し過ぎで、母はそれをやんわりと注意し父は素直には聞き入れなかった。母のつくる料理は誰のよりもうまかった、と父が云う。子供たちも母の料理が楽しみだった。子供たちは親に不満をもつ、そして一般的幸せな家族像を求める。それはそれとして、とびきりの思い出をひっぱりだしてくるときがきっとある。子供の反抗期はどこにでもある災難。とびきりの思い出は、それぞれにある。 この本を読んでると、こんなことを私は云ってみたくなったのですよ。みなさんはどうですかね。  「ちゃう」をこの感想文に入れたのは、うっかりではありません。しっかりでもなく、ちょっと入れてみたかったのです。
《 2014.12.22 Mon  _  ちまたの芸術論 》